2007年9月 ただのいぬ。への挑戦 

 前から思ってたんです、百とか、千とか、子どもたち簡単に言い過ぎなんじゃないかって。そりゃ子どもにとっても、百円は安いのかもしれない。イマドキの小学生なら、お年玉は1万円をゆうに超すのかも知れません。選挙や集客で100人・100票って、少ないと感じるのかも…。でも、実際に作ってみたらびっくりでしょう、同じ作品を100個とか、を1000個とか。ばってんマークでもいいからを100個、描いてみてごらん!たいへんですよ。

 それに工業製品が溢れてるせいもあるのでしょうか。機械でカタカタ作るのとはちがうんですから、もともとあったもの、職人の手仕事なんかを、「ひゃく」とか「せん」とか軽く言われると困るのです。そして北海道民、5632133人(平成17年3月31日時点)!ひえええ。みんな簡単に口にしますが、ひとりひとりに顔があることをリアルに想像すると…。数ってすごいものです。

 算数のじかんにも、子どもたちに「十の位、次は百の位」なんて簡単に教えすぎです。その中身は何なのか、子どもたち、全然感じていないし想像すらしていないです。そんな意味で「数字」にまつわる授業、えふでなりに想像力とリアリティを刺激するようなプログラムができないものかなあと、長年、考えを寝かせていました。

 今回、「4000匹のただのいぬ。」に参加した子どもたちは、数字のスゴさ・怖さをよおーくわかったと思います。犬に関係ないところでも、ニュースなどで「4000」という数字が出たら、ビクっと反応するでしょう。4000でこうなら、「ゴマンとある」なんて、…気絶しちゃうよ!

 一方「ただのいぬ。の肖像」では、できると思っていることとやれていることのギャップの自覚を出発点に、ひとつひとつ自分の観察の質を高めていくことが目的でした。いつもの静物とはちがい、相手は生き物ですし、犬はこの年齢の子どもたちにとって思い入れのしやすい題材です。子どもたちにも言ったのですが、運転席と助手席と、見える景色は一緒でも、自分が決定を下してコントロールするリアリティは、伝えられない。自分の感じたことしか見た人に伝わらないよって。まさに今回は一歩踏み込んだ状態での「自分の」制作にこだわったんです。ただ絵を描くだけじゃなく、自分が「何を見たのか」を伝えるために、描く。「ただのいぬ。の肖像」に参加した子どもたちには、それが見えて来たんじゃないでしょうか。

 今回の絵ふでプラスでは、「ただのいぬ。」プロジェクトと、それをめぐる制作を通して、ものごとをできるだけ掘り下げて考えてもらいたかったのです。なぜ4000なのか、なぜ「ただのいぬ。」がこんなにも多く存在するのか…。犬の問題に限らず、今回の問題提起には社会的なもの、身近な問題、様々なものごとに共通する点があります。本当の意味でアートはそんな問題の前で何ができるのか。大人がおしつける答とは違い、子ども自身が時間をかけて、じっくりと考えてくれたらいいなと思います。

 そして、そんながんばる子どもたちの様子をテレビや会場の作品から覗き見て、大人たちの刺激にもなってくれたら、というのが今年の絵ふでプラスでした。え?テレビを見逃した?ありますよ、本部教室にDVDがございます!それぞれの局で切り口が違いましたが、なんかみんなカッコイイ感じがして「こいつら、なかなかやるなー」と思っちゃいます。絵ふでの子どもたちが次の時代をどんなふうにしていってくれるのか、期待がかかりますね。今回はいろんな意味で、教育には想像力とリアリティがとても大切なんだなあとつくづく実感しました。