絵筆新聞
2011年4月 中杢ラボのもの作り
大工さんの現場から考えるリサイクルの現実・リサイクルの本質。
札幌市南区に拠点を構える中杢(なかもく)工房。住宅や茶室、店舗等の設計施工・改修を行う大工の中井さんがまほうの絵ふでにいらっしゃいました。
「現場で仕事をしていると、使われなくなった小さな端材がたくさんたくさん出てきます。『ムダにしたくない』『なにかできないかな』という気持ちから、端材を使っていろいろなものを作っています」
詳しくお話を聞いてみると、仕事の合間に子どものおもちゃや生活雑貨を作っているとのこと。
「でも端材を使って何かを作るのは、ものすごく手がかかるんです。みんな勘違いしてるんですが、リサイクルっていうのは新しい素材で作るよりも何倍もたいへんなんです。乾燥してなきゃ薪にもできないし、何にするんでもいろいろ条件がありましてね。」
これはなかなか理解しにくいことかもしれませんが、古材を使うっていうのはものすごく手がかかることなんです。例えて言うなら使い古しのメモ帳に書き込むのと、新しいメモ帳に書き込むのとでは、情報の整理のしやすさが違います。道徳としてのリサイクルは理解しやすいのですが、熱力学的にはリサイクルって、トータルでのエネルギーは余分にかかります。だから実はすごく贅沢なことなんですね。エコとかリサイクルという言葉だけで、子どもにうわべだけ教えてしまうのもよくないことだと感じます。
中井さんは実体験からもそのことに理解が深かったのですが、古材を使うのは基本的に大工さんとしての木材に対する愛情からだと感じました
「山から切られた木が工場で加工されて…こうして材料としてやってくるんですよ。それを端材であっても何に使えるかわからないし、いざ使うとなるとすごく手間がかかるとわかってはいても、つい捨てられない。」
変わった親方の下で学んだこと。
大工になりはじめの頃は、主に茶室を作っていたという中井さん。大工になった経緯を聞いてみると、とても興味深い話を聞かせてくれました。
「若い時、大して仕事もしないで悪いことばかりしてたら『そんなに若いのにフラフラしてたらだめだ、ちょっと仕事教えてやるからおじさんの会社に来い!』って、知り合いのおじさんの銘木屋さんに連れて行かれたんですね。そこには建築の人とかいろんな業者が出入りしていたんです。若いのであちこち手伝いに行かされる中で、内地で茶室を作る修行をして来たという親方に出会ったんです。かなり変わってる人で、誰も若い人がついてなかったもんだから、出向みたいなかたちで自分が行かされて。」
「現場を歩いたら怒られる。掃除したら怒られる。釘一本打ったら一回怒られ…それこそ箸の上げ下ろししただけで、みたいなもんですよ。だから若い者は何もできない。でも何で悪いのかは言わないの。ただ『悪い。』それで終わり。その後1週間くらい口きいてもらえない。そんな親方でした。5~6年一緒にやってたんだけど、やれた人が結局僕しかいなかったんだ。」
そういえば校長の絵の師匠もたいへんな人でした。神経質でカンシャク持ち…アドバイスは極めて分かりにくい…絵を見て言うことが「鉢植えとか植えたらいいよ」「きれいな色のセーター着てこい」ですからね。ほとんど禅問答!否応なく考えさせられて、本当に勉強になりました。
「歩き方の話でいうと『かかとでバンバンたたくように歩くのは歩いてるって言わないんだ、おまえはガキか』って言われて、なるほどな、そうなのかなって思うんだけどそれでも当時はピンとこない。で、後で子ども生まれてからわかったんです。家の中をダダダダダダって歩くの見て、ああなるほど、自分はこういうことをしてたんだなとやっとわかった。そういうのがだんだんクセになったというか、楽しくなってきて。それがないと逆に寂しいみたいな(笑)」
うーむ、わかる、わかるぞ!筋が通った理不尽さっていうのは、実はパズルを解くようなもので、すごくおもしろいんです。しかし最近の若い子たちには耐えられないんじゃないか?
「それを楽しめるかどうか、本人次第。よく若い人たちによく言うんですけど、『明日からもう来るな』と言われても、自分に習う気があるのなら、平気で行って、つらっと横に座ってろよと。なかなかわかってもらえないんですけどね、もし相手にダメだと言われても、自分に習う気があるなら楽しくやれと。本人の取り様ですよ。それを楽しまないと勤まらないよって。」
大工さんの工夫で生まれたもの。
そんな中井さんが、なんとえふでの子どもたちのために特別に木の額縁を作ってくださることになりました。もちろん一点一点手作り。材料はできる限りリサイクルの思想を大切に、建築材料の余り部分を加工して作ります。それぞれ木の質や色の違いが生かされた素敵な仕上がりになっています。状態も形もバラバラなので、使える状態にするまでが一苦労だとおっしゃっていましたが、ある意味これってものすごい贅沢品です。これこそ本当のリサイクル、ものを無駄にしない職人さんの心意気が、えふでの子どもたちにぴったりだと思いました。
2011年3月 子どもたちの目が真剣!ロッカ大会
1年生から6年生までの小学生が参加して開催したRocca大会。ある意味アナログなカードゲーム・ロッカをただの遊びと侮るなかれ…様々な驚きや新鮮な発見の連続でした。
全国各地でロッカ旋風が吹き荒れようとしている今日この頃、校長的には見た目の素晴らしさに惹かれて前々から目をつけていたのですが、ゲームのおもしろさがこれほどまでとは。想像以上のクオリティ。実は子どものロッカ大会のあと、主催者チームの大人たちでゲームをして遊んだのですが、…すっげ面白かった!もちろん、話すだけでも楽しい魅力ある人たちとゲームをしたということもありますが、ゲーム自体が本当によくできているんです。そこで柿木原さんと話す中で出てきた話題は…「ロッカをすると頭が良くなる」?「ロッカで前頭葉が活性化する」?どういうことなんでしょうか?
単純なものごとの方が脳が活発になる?
近年の研究では,コンピューターゲームとアナログなゲームでは、前頭前野を活発にするちからが異なるとのこと。実は複雑な思考よりも、むしろ単純な計算などのほうが有効なのだとか。ロッカのルールはすごくシンプル。しかもコミュニケーション力や、場の状態を見る力、感情を抑えて他人に戦略を読まれないようにする力…などなどこころが鍛えられます。これは本当に頭が良くなるのかも?そこでいろいろ調べてみるとこんな文献がありました。
『脳も体ですから、単純に言えば、たくさんの刺激を受けるほど、鍛えられていきます。』『人間ならではの思考活動をする場所、それが「前頭前野」という部分です。では、その前頭前野はなぜそれほど大切な場所だといわれているのでしょうか。前頭前野には、思考する、行動を抑制する、コミュニケーションをする、意思決定をする、情動の制御をする、記憶の制御をする、などのはたらきがあることが分かっています。「キレやすい」子どもたちなどといわれていますが、わたしたち脳科学者からすると、キレやすい子ども=前頭前野の機能が弱い、前頭前野の発達が未熟だと見えます。キレるということは、「ほかからの刺激に対して、情動的反応が生じ、このコントロールがきかなくて、社会的にはしてはいけない行為をしてしまう」ことだと考えられます。「情動の制御」「行動の抑制」という前頭前野の機能がうまく働いていないのです。』(教育ジャーナル/大脳研究最前線 東北大学川島隆太先生の講演より抜粋)
気になる!ふたりのクリエイター
さて気になるのがやはり、このゲームを作った柿木原政広さんとトゥルーリ・オカモチェクさん。柿木原さんは、長い会員の方は覚えてらっしゃるでしょう、2008年夏のロードアート・ツリーのアートディレクションをしてくださった、あの柿さんです。みなさんがよく知っているイオンの「ふふ〜ん♪」のディレクションのほか、最近では絵本『ぽんちんぱん』なども、小さな子どもたちを中心に人気です。
問題なのが、もうひとりのトゥルーリ・オカモチェクさん。帽子、メガネ、ヒゲに蝶ネクタイ…どっからどう見てもあやしい人!片言のトゥルーリ語で聞いたところによると、もとは数学科出身で、その後美学・美術史を専門に研究し、さらに書籍の編集や音楽活動など多岐にわたる活躍をしているとのこと。ま、ますますわけがわからん!しかしワシが今まで会ったクリエイターの中でも指折り変で、ずば抜けて頭が良いということだけは確かです。子どもたちをすっかり魅了したトゥルーリさんの謎ははじまったばかり。また来訪の機会があることを心から期待します。
賭け事って子どもにいいの?
今回の大会では、チップのかわりに自分が作ったチョコレートを賭けて対戦しました。もしかすると外部の方から子どもに賭け事を勧めるのかというお叱りを受けることがあるかもしれません。写真をみると、スターバックスコーヒー店内がまるで賭博場さながらの雰囲気ですしね。
校長は賭け事にいっさい興味がないのですが、勝ち負けに対しては、どうしようもなく血が騒ぎます。つーか負けるの大きらい!これはもう遺伝子レベルでの問題なのかも。今回感心したのは、柿さん・トゥルーリさんともに子どもの前でもルールに厳格で、全く手加減しないとこがさすがでした。しみじみ思ったのですが、やはり大人が安易に子どもに勝ちを譲っちゃダメですよ。家庭でも厳格なルールのもと、容赦なく子どもを打ち負かしてください。お互い真剣勝負。子どもにとって親が最初に乗りこえるべき壁にならなくてどうする!リアルな痛みや感情の震幅も大事だと思うのです。
2011年2月 小学生のロッカ大会開催!
ヒトって使わない機能は、意外に簡単に消失してしまうんじゃないか?ここ数年、校長がよく考えることのひとつです。この何十年かで食べ物が柔らかくなって、子どものアゴが小さくなったという報告も聞いたことがあります。そこまで長い時間をかけなくても、たとえば手や脚を動かせないように固定しておけば、1年もしないうちに自由に使えなくなる気がします。ヒトの進化の中でも、機能を失う方向への変化って、自分たちが考える以上にかんたんにできちゃうのかもしれません。
もしかしたら人間同士のコミュニケーションの能力も同じなのではないでしょうか。「人の気持ちがわからない」とか「子どもがオレ様化しつつある」なんて意見もありますが、もしかすると、そういった機能を使わないですむうちに進化(?)していっているだけなのかも。たとえば、気持ちを「推測される」側に立つことはあっても、他人の気持ちを「推測する」側に立つ必要がないとしたら…そのちからが無くても困らないのかもしれません。
しかし、子ども同士のやりとりはもちろん、大人の仕事やどんな日常生活にも、他者とのやりとりや交渉ごとはついてまわります。そんな対人面の能力はどうしたら鍛えられるのか?
わかりやすいものはまず、スポーツ。個人プレイよりも、やはりチームで味方と相手の状況を読みながら動く競技はなおいいでしょう。もうひとつは…ゲームがいいのだそうです。それも画面に向き合うハイテクゲームではなく、ヒト対ヒトの超アナログのものが。詳しい方もいらっしゃるかもしれませんが、実はアナログなあそびをするとき、コンピューターゲームとは違う脳の部位が活性化しているという研究結果が出ているそうなのです。相手と言葉にできない微妙なことがらを読み合って勝負する。ブラフ(はったり)や勝負の流れを読むちから、いわゆるノンバーバルコミュニケーションが鍛えられて、対人面の洞察力を磨くのにたしかに役に立ちそうです。スポーツもゲームも勝負事という点で共通していますが、勝ち負けがあるものはやっぱり真剣になります。観察力やコミュニケーション能力全般が鍛えられ、第六感みたいなもの…例えば感じたことを言語化する能力や、抽象的なことがらを考える能力にまでつながっているように思います。
人と人をつなぐデザインのひとつの答え。
そんなふうに子どもの遊びについていろいろと考えていたら、ロードアート「ツリー」でアートディレクターを務めてくださった柿木原政広さんから「ゲームブランドを立ち上げた」というお知らせをいただきました。ゲームデザイナーのトゥルーリ・オカモチェクさんとおふたりではじめたのが「Rocca Spiele(ロッカ シュピール)」。前々からゲームには興味があったそうなのですが、柿さんが選んだスタイルは昔ながらのアナログなカードゲーム。モニタに向かって遊ぶものではなく「人と人をつなぐものに関わっていきたい」というアートディレクターらしい見方にいたく感心しました。Roccaはトランプのようにルールを決めて遊ぶほか、視覚的なおもしろさも抜群で、立方体のカードをつないで平面の積み木遊びができる。これはえふでの子どもたちにぴったりだと思い、2月のバレンタインシーズンにおふたりに来ていただくことになりました。
北海道初上陸となるロッカ大会では、小学校1年生から6年生のえふでの子どもたちに、この時期ならではの「手作りチョコレート」を懸けて熱い戦いをくりひろげてほしいと期待しています。会場は昨年もお世話になったスターバックスコーヒーさん。お父さん・お母さんたちもコーヒー片手に、子どもたちの本気のゲームを観戦することができます。全国各地で子どもを対象にしたロッカ大会のほか、大人が集うロッカナイトも大いに盛り上がっている様子。こ、これは新たなブームが到来かも…参加者全員にRoccaをプレゼントとのことなので、遊び方を覚えてぜひご家庭でも楽しんでください。
そして多かれ少なかれ、子どもは自分に関係がないことに興味がありません。だけどもしかすると、この先の勉強であれ、研究であれ、商品開発であれ、「自分がどう思うか」「自分がどう感じるか」ということではなく「他人が何を感じているか」を考えることを面白がれる子どもに、いろんなチャンスがやってくるような気がしてなりません。ぜひこの機会に子どものコミュニケーション能力についても考えてみませんか。
2011年1月 まほうのファンタジーランド
小人になって、本の世界を体験しよう。
『まほうのファンタジーランド』は子どもの本をはじめ、さまざまな「おはなし」の世界を読んで、触れて、体感する展覧会。親子で参加する作品づくりや、ストーリーや絵に関するワークショップなど、多角的な視点で「おはなし」の世界を体験することができます。童話のもつファンタジックな心地良さとともに、昔ばなしに含まれたちょっぴりこわい苦みも、ファンタジーのスパイスとしてどうぞお楽しみください。
いよいよ『まほうのファンタジーランド』の開催が近付いてまいりました。もういくつ寝るとファンタジーランド?ウェブサイトでは既に予約が必要なワークショップの申込がはじまっておるが、ワシは今からドッキドキ。だって、正月明けは、いきなりあの押忍!手芸部の部活ぞな!なんだか縁起の良さそうな2011年の幕開けだが…正月早々、風船いっぱいふくらませるらしい。ファンタジーな感じがする?でもね…その数ぬぁんと5000個だって!ぶっとび!
前日の押忍!手芸部と小人たちで作るくまの「ふうさん」がね、相当デカいらしいのだ。どんだけでかいかっていうと…会場の真ん中でどーんと!たぶんクマに見えないんじゃないかってくらい、まるで山のようにどーんと!つくるらしい。たぶん押忍!手芸部のクマの中では過去最大だろうが…こりゃえらいこっちゃ!
スタートは十一時からだが、終了は「部長がよしというまで」。みんなの肺活量によっては三時間で終わるか、五時間かかるか、はたまた完成しないか…あああおそろしい。さらに今回は、相方のウルトラタマ・みやたまさんも登場。一見キュートで優しそうだが…ふたり組んだら相当手強いぞ!
ということで、初日の部活には全員集合!予約もいらんから、正月に集まった家族・親戚・友人・町内会の人たちみんな、ぞろぞろ連れてきてくれたまえ。
2010年12月 2011年1月 再上陸!押忍!手芸部
押忍!手芸部って知ってる?部員は…イカしたおぢさん(!)たちで「部室」と呼ばれる部長の家に集まってはみんなで楽しく手芸を(!)しているそうです。なななんじゃそりゃあ?! とはじめは思いました。が、実際に部長にお会いしてみて、これは感動!そして作品を拝見して、こんどは爆笑!それが押忍!手芸部なのです。
その後いろいろなご縁がありまして、2008年1月に石澤部長が北海道に初上陸。なんとまほうの絵ふでの子どもたちと展覧会をしてくれたのです。会場で作品をご覧になった方や、押忍!手芸部の部活に参加したみなさんには、強烈な記憶がおありでしょう。
さすがにワシも初めて会ったとき「こいつぁホンモノだ!」と震え上がった。まず体がデカい。180cm越えだが、髪は一見ドレッド風のせいか身長が2m近くあるように見える。手足もでかい。さらに「ど、瞳孔開いてる!」黒目の中がどわーって開いてて、ずっと奥底まで真っ黒。じっと見つめられたその眼力の強さに、明らかにもめ事さけた方がいい相手だと、ワシの中で火の見やぐらの鐘が鳴る。カーンカーンカーン!こいつぁあぶねー、ケンカ強え!ガクガクブルブル。
しかし札幌で開催した展覧会では、部長ったらすごく楽しそう。いつもは硬派で口数も少なめなのに…ニットの手袋で作った「て・ぶく郎」で子どもたちと一緒に遊んでる!つーかみんなの注目を一瞬でわし掴み!すげ。ま、まいった…
手芸部の作品もただぐちゃぐちゃやってるように見せてるけど、ワシにはわかる…実はすごいテクニシャン。こ、これは相当わかってるヤツの仕業だ…やはり言うことの端々に強固な自信が見え隠れするのである。「んー、まあスーツとか縫わせたら…ワシ日本でいちばん上手いんじゃないかなぁ」こういうことにかぎって冗談とも本気ともとれるような言い方で淡々と話すのが、逆にすごみを感じさせるのだ。
そんなカッコいい度満点の部長に、ワシはジェラシー満点。だいたいいつも、部長とワシの会話は噛み合わないのだ。同じようなことを言う割に、伝え方が正反対。例えば押忍!手芸部のワークショップでは「できないことはやらない。」えふでの場合は「できるまでやらせる。」しかし手芸部の目指すところは「子どものようにのびのびと。」ワシらは「子どもはのびのび禁止!」手芸部の場合は「型にはまらない」えふでは「型の習得からはじめる」
でもね、お互いどこかうらやましいのである。だいたい、部長って実はお茶の師範でもある。つまり、お茶目、美意識、おもてなしの人なのだ。つまり部長のとこは、オリジナルを求めるために大人たちを型から離れさせる。えふでは型の習得を越えてオリジナリティを求める。似てるといえば似てるのだ。つーか山のどっち側から登るかみたいなもんで、結果は一緒。
そんな押忍!手芸部が、3年ぶりにまほうの絵ふでにやってきます。次のお題は「ファンタジー」。先にはっきり言っちゃうぞ、子どもの頃、部長もワシもほとんど絵本を読んでいない!ファンタジックな子ども時代など送っていない!いまだにファンタジーは照れくさいし、絵本の読み聞かせとか意味わからん。つーか自分で読めば?
ということで次の冬休みは、相当こんがらがったファンタジー。ほっかいどうのくまだベア!ゆめもふくらむふっくらむ!クマもふくらむふっクマむ!小人の世界でおっちゅ手芸部、押忍!ちゅげいぶ!キミも来るかい?キミもクマかい?なんつって…
2010年11月 対談〜美術家という職業〜

8月のmama部で出てきた素朴な疑問「アーティストで食べていくってどういうこと?」一時帰国したドイツ・ベルリンに住む若手アーティスト・谷口顕一郎さんに、ヨーロッパでの作家活動のリアルな話を聞いてみました。アートギャラリーや美術館との関係、さらに作品販売や値付け、マーケットでの流通や大きなプロジェクトの参加など…さらに海外生活の話、教育に関する話など、興味深い話が盛りだくさん。アーティストとして生きていくには相当、強い信念が必要ぞな!
谷口 顕一郎 TANIGUCHI Ken’ ichiro
| 1976年 | 札幌生まれ | ![]() |
| 2000年 | 北海道教育大学札幌校芸術文化課程絵画科卒業 | |
| 2001年 | 第三回ADSP(Art Documents Support Program by Shiseido)/入選 | |
| 2008年 | 第11回 岡本太郎現代芸術賞/入選 | |
| 2008年 | 文化庁平成20年度新進芸術家海外留学研修/ドイツ | |
| 2009年 | THIEME ART AWARD /ファイナリストにノミネート/アムステルダム、オランダ |
校長 どうもご無沙汰です。もともとね、ケンには会って話をしたいなとも思ってて。ずいぶん活躍してるし。
ケン いやいや
校長 いやほんとに。どうしてこういう形で話をしようと思ったかというと、mama部ってあるのよ。えふでっ子たちのお母さんたちと話す会なんだけどね、みんな子どもが将来どうなるのか心配でしょ?そんな話をこないだしてたら、仕事としてのデザイナーはイメージ湧くんだけど、アーティストってのは何なんですか?っていう疑問がね。だいたい「食べて行けるのか」とかさ、「看板を描くんですか」とか、いろいろ話があったところで、率直に「絵を売ってますとか言っても、売れてる話を聞いたことがない」って意見があったのね。実際にはいろいろあるじゃない?何かのプロジェクトだったり、建築物に関わってたりとか。その辺の美術の仕事の話をちゃんとできたらいいなと思って。
ケン はい。

校長 まずはじめに、単刀直入に「どうやってお金を稼ぐんですか」
ケン うーん…ぼくは、彫刻を売って、食べていますと…言ってるんだけど。
校長 はい。
ケン だけど、やっぱり仮にね、大きい作品でも小さい作品でもポンポン売れたとしてもね、それってどうやったって波があるから。展覧会やってる期間にしか売れないし…そうじゃない時もあるんだけど…やっぱりそれだけだと、ぼくもどうしてもつらくて。
校長 うん。
ケン ぼくの彫刻って、けっこう小さくても手間がかかるんですよ。それを最初、ギャラリー側は「ちっちゃいから安いだろう」って言いがちなんです。ぼくは大きいのを小さくしていくことでぼくの作品にしているのに。そういう時すげー困ったから、やむを得ず売れるシリーズを作ったんですよ。
校長 うん、うん。
ケン 写真をはめ込んだシリーズも売ってるし、紙をへこませたシリーズとか。ああいうのはポンポン、ポンポン作れるんですよ。彫刻はけっこう時間かかるんですが。
校長 なるほどね。
ケン で、もちろんそれだけじゃなくて。例えば彫刻作品が「売れた!」ってなっても、そっから今度はギャラリーからいつお金が入ってくるか…ギャラリーが半分もっていくし。
校長 そうだよね。
ケン あやちゃん(奥さん)も働いてて、それで家賃くらいは出るんだけど…でもなんだかんだいっぱいお金は使うんですよ。何でもお金はかかるし。
校長 そりゃあね。

ケン 一時期はやむを得ず、助成金てのをもらったり。ぼくは運良く2年間もらえることになったんだけど、それで食いつなげなかったら…。今、この2つの大きなプロジェクトが決まって。
校長 こないだのオランダの司法省のやつと、ロッテルダムの歴史美術館のやつでしょ?
ケン はい、はい。これでやっと今。
校長 よかったねー。
ケン うん。
校長 でも、もしこれが決まらなかったらどうするつもりだったの?助成金なんかじゃ食べていけないじゃん。結果出なかったら帰ってくるつもりだったの?
ケン んー…何もそれは考えてない、あんま考えてないね。

校長 へえー、何も?
ケン 売れなかったら…ってこと、あんま考えてないな。もう「ぼくは売れる」っていう前提。(笑)
校長 はははは!そういえばさ、助成金の話は前にも言ってたよね。海外に行って暮らしてくだけでも大変なんだけどさ。どうしてもみんなこう、そこに行って生活するのが狙いになっちゃうから、なるべくお金を使わないようにしちゃうでしょ。倹約して倹約して…それも大事かもしれないけど、使うときは使わないと。作品できないじゃない?制作できないしね。
ケン それ前に言ってたよね。そりゃあいいなあーと思ったから、ぼく…
校長 カメラ買ったんだって?
ケン そう、すっごいよ!バーンって!めちゃめちゃいいカメラだよ。

あとカタログ作って。100何十万はポーンて飛ぶし。
校長 そんなに?
ケン まあ、デザイナーとか、いろいろ関わってて。
校長 ちょうどさっき、ギャラリーから届いたんだよこれ。ケンのではないけど…こんな感じ?

ケン ぼくのは前に見せたよね?あの横長の黄色いやつ。
校長 なるほどねー。で、そうやって金はバカバカなくなって、心配にはならなかったの?
ケン うーん。みんなはすごい、お金をケチってケチって、材料もすごい安いのを買ったりなあ…
校長 そうだよねえ。
ケン ぼくはもう先行投資だって感じで。やればある程度までは売れるかな?ってとこまでは来てたから。やっちゃえやっちゃえ!みたいな。
校長 それで作品の値段は変わった?

ケン ギャラリーは値段下げたいの。というかあんまり上げたくない。でも1個か2個売って何週間かしか生きてけないようなら意味ないから。

校長 そうなんだよなあ。
ケン だから値段も、できるだけ、できるだけ上げてるって感じかな。
校長 どうしてもさ、商品作って売っていく仕事みたいになっちゃう。だけど、現代美術だからさ。ある種の「ゲームのルールを作る」みたいにしてね。作家にお金を投資してもらうっていうふうにしていかないと。
ケン うーん。
校長 よくみんな「売るための商品を作ってる人」みたいに思うんだけど、その作家が作ったものとして、自分がある種のブランドにならないといけない。きちんとした仕事をするって社会的に認められていかないと。そこを勘違いすると「作った商品を売ってく人ですよね」ってなっちゃう。そこじゃないんだよなーって。
ケン まあ…ブランドとしてっていう意識はあんまなかったけど…ただ、作品には付加価値がつくってことだよね、もちろん。じゃないと、作ったぶんだけ報酬くださいってのでは、やってけないから。
校長 そうだよね。
ケン だからギャラリーとかで「高いんじゃない?」って話になると「いや高いわけじゃない」と。それを作った人や、それを作るのに関わった人たちに相応な分だけだと、誰の儲けにもならないじゃん。だからその値段を言うのは、ギャラリストの仕事でしょって。
校長 自分的には最近、売れてきてる実感はある?認知度とか…たとえば今回のとかはどうやって決まったの?ロッテルダムのとか。
ケン うーん…とね。司法省の方は、ロッテルダムやアムステルダムのアートフェアとかで、ギャラリストがぼくの作品をいろいろ見せてたのね。そのときに、オランダ政府の美術と建築をコーディネイトするような仕事の人が、ぼくを知ったのね。「黄色い形かわいいね」とか、それはまあ、ちっこいものを。
校長 うん。
ケン で、その後資料を集めたり何だりしつつ…今度、司法省でビルディングを建てることになったと。その時に、美術を入れたい、と。

じゃあどれにしようかっていうので、そのコーディネイターが10人くらいの資料を持って、司法省に行ったのね。「私の知ってるアーティストにはこういうのがいるよ」と見せて、その中で少しずつ排除されていくうちに、ぼくが選ばれた…っていう感じ。
校長 ふーん。
ケン さいしょは、やっぱり、日本人だしとか…
校長 そうだよね?
ケン 何の関係もないじゃないか、という話にもなったんだけど。結局…まあ、何が良かったんだろうね?ぼく、凹みっていう作品だから、どこかで勝手に作った作品を持ってくるんじゃなくて、司法省と関係した作品をつくれるんですよ。そこもかなり有利な点ではある。
校長 あーなるほどね。
ケン もう一つの歴史美術館の方も、オランダでいっぱいいっぱい発表しているうちに、歴史美術館の館長が見ていて…館長はぼくの「凹みマップ」を買ったのね。彫刻じゃなくて。その「凹みマップ」をもとに、こういう凹みをやってるやつだったらうちで何か歴史と関係したような展示できるんじゃないの?ってことになって、いくつか案を出して話をしていき…今に至ると。

校長 ふーむ。オランダのギャラリストのミリアムの力は大きかったの?
ケン はい。大きかった、大きかった。
校長 それはどういう部分?
ケン やっぱり見せてくれるし…もちろんぼくがいないところでもずーっとアートフェアの会場にいて、来る人にもう全部…いい人が来たら絶対逃がさないし。
校長 あははは
ケン でももちろん、凹みっていう作品がないと何も始まらなかったわけで。
校長 「何でドイツなの?」って人に聞かれない?

ケン うん、聞かれる。なんでって…たぶん、大学3年生くらいのときから、ドイツのグループ展とかに参加してて、ちょっとずつ知り合いがいたり。でも、何でドイツなのかと言われると…わかんない。ヨーロッパであればどこでも良かったのかな。
校長 向こうに行って、何か考え方とかは変わったかい?
ケン んー…。もう、アジア人で、言葉も完璧じゃないし…
校長 うん。
ケン …ぼくの存在意義っていうのはさ、作品つくるしかないんだよ。それは、変わった。はっきりした。どんなに人と会わなくても、喋らなくてもいいし、どんなに人にバカにされようが「ま、作品だけ良ければいいや」って。
校長 うーむ。
ケン だから最初の頃はぼく、ドイツの自分のオープニングパーティとかで、その場に100人いたら100人と喋ってたんですよ。自分の作品を徹底的に説明したり。英語も上手になりたかったし。
校長 うんうん。
ケン でも、2年、3年、4年経って今は…展覧会やったとしたらもうほとんど、ぼくはできるだけ顔出さない。お客さん来ても隠れてたり?(笑)
校長 はははは

ケン 「あー、もう早く終わってくれ!」って(笑)。「あとは作品に喋らせとけ」って思うようになれた。ぼくの仕事はほんと、作ることだけでいんだな、と。そういうふうに強く思うようになった。
校長 んんー、すばらし!
ケン ほんと?(笑)2〜3年前からかな、ちょっとずつ姿勢変わってきた。逆に言うと、やっぱり知らない場所で、知らない人たちにずっと囲まれていると、何て言うかなあ…自分を保つものがないっていうか。
校長 うーん
ケン 精神的におかしくなっちゃうんだよな。いっぱいいるんだよ、そういう日本人だのアメリカ人だの何人だの、もう…
校長 まあねー。わかってほしいしね、自分を。
ケン 美術さえやってれば、自分は正しい。少なくても悪いことはしてないじゃんって。

校長 でもケンの作品はコンセプチュアルでしょ?
ケン いや?全然。
校長 でもあれだけ見ても、「何からきてるんですか」とか、みんな疑問もつじゃん、特にドイツの人とかって。

ケン うん。
校長 それは説明しなくても別にいけてるの?誰かがしてくれるの?
ケン んー、誰かがしてくれたり…展覧会の時なんかぼくもうほとんど…見ての中で、わかるやつだけわかりゃいいじゃん、みたいな。
校長 でもわかんないでしょ、あれをパッと見ても。
ケン 聞いてきたら答えますよ。「ああ、こうなんだ!」ってものすごく感動したドイツ人とかは、その場にいる人たち全員に、誇らし気に説明してくれる。ぼくの代わりに(笑)
校長 はははは あるよねそういうの。理解する喜びみたいなのってね。
ケン テキスト書いたり、資料作ったり、ギャラリーの人とかには徹底的に話しますから基本は。ある程度はちゃんとやりますけど、あとはぼくの仕事じゃない。聞かれたときだけ。
校長 まあ、ギャラリストもフィーの分だけがんばるしかないよね。
ケン そりゃそう。5割ももってくんだからね。
校長 ケンの作品で何か、一度作品がデコレイティブになった時期あるじゃんか?この前、作品展も見に行ったんだけど…シンプルに戻って良かった気がする。潔い感じになったなって。

ケン でも、ああいうことやったからシンプルになれたってこともある。ふつうにやってても、やっぱり変わりはしないよね。いろんなことやっていって、「失敗したな」とか、そう思わないと変わらなかったから、あれはあれでね。またなるかもしれないし(笑)
校長 そうだよなそれは。ああいう要素が必要になる時だってあるしね。
ケン うん。
校長 ギャラリーやコレクターとかとのお付き合いの仕方とかは?
ケン うーん…まあ、かなりがっちりした、ケンのこと応援してくれてるコレクターとか、ベルリンで有名なコレクターとか、そういう人とかとはつき合いたいなとは思うけど、そんなこっちからべたべたすることはない。見たいと言うなら見せるけど。
校長 作品を買ってくれた人の家に、アーティストは作品をかけに行くべきだと思う?そういう人も中にはいるのさ。
ケン ぼくはそうは思わないけど。

校長 そうだよね。一番いいところで見てほしいとは思うけど、アーティストだっていつかは死ぬわけだし。そういう、作家のコントロールがきかないところに作品があるっていうのは事実だからさ。ケンは行けって言われたことはないの?
ケン ほとんどないよ。言われても「やだ」って言う(笑)。でもぼくの凹みって、糸で吊ってるじゃん?複雑なやつで時々、行かなくちゃいけないことはある。
校長 どのくらいの値段で売ってるの?あの大きいやつとか。あんまり具体的には言えないだろうけど。
ケン あの大きいやつは実はマケットで、これからあれをさらにでかくするんですよ。歴史美術館のために。その前にもスタディモデルのちっこいのを8個作ったんだよね。あれを買ってくれて。
校長 美術館に収蔵されてるやつ?
ケン そう。8個で7000ユーロくらい。だから…80万とかそのくらい。半分はもってかれるけどね。
校長 そう考えたらそれほど高くはないね、実際には。プロジェクト全体ではどのくらい?
ケン 司法省の方は2000万くらい。今、日本円がぐっと強くなったから、最初に話をもらった時とはずいぶん違う。その中でぼくの取り分が450万くらい。残りが制作費。制作費がはみ出るなら、ぼくの取り分が減っていくんだ。

校長 交渉たいへんそうだね?契約書とか手続き的なことはどうしてるの?
ケン 司法省のに限っては予算は決まってるんですよ、最初から。オランダって慣れてるからそういうの。その点でぼく交渉はしてない。歴史美術館の方はぼくが予算と、見積もりとか全部決めて。ぼくも最初よくわかんないから、とりあえず高いけどいいや!って出すのね。彼らもまずは受け入れるんだけど「うーん、高い」って。オランダでケンがいちばん高いねって言われた(笑)
校長 はははは その後は揺れながら落としどころが決まっていく感じ?
ケン まあ「こういうところもう少し削れないかな」とか言われたら、そりゃそうだと(笑)。別に変に、頑としてはねつけるとか、そういうことはない。
校長 ギャラリストはそこに入るの?
ケン んー、だいたいは同席するんだけど、歴史美術館側も司法省側も、それを嫌がるんですよ、けっこう。ギャラリストが入るのを。
校長 つり上げられちゃうもんね、その分。
ケン うん。だからミーティングの前にぼくはギャラリーに行って、ここはこうした方がいいよとか、いろいろ相談して。ぼく、ミリアム(ギャラリスト)はがめついやつだなと最初思ったんですけど、やっぱりお金のことぼくより10倍は詳しいから。いろんな税金のやりかたとか。
校長 なるほどね、やっぱりギャラリストの付き合いは大きいね。
こないだプレゼンの時に「すごい突っ込まれる」ってのはそういうこと?何か青ざめてたことあったよね。
ケン それはもっと…お金のことじゃなくて…技術の話とか…
校長 安全面とか?たしかに、大きいのは何トンとかって感じでしょ?
ケン その辺のことも「どうなの?」って言われる。ぼく大きいのは自分でできないから、そういうのはぜんぶ、人にお任せ。ひとつの会社に全部。
校長 業者の話し合いみたいなのはどうやってやってるの?何社かに当たるの?
ケン もう、最初から2トンくらいになりそうだっていう段階で、だいたいの会社は嫌がるんですよ。そんなのできない、やりたくないって。でも1社だけ引き受けてくれて…
校長 それ、もしどこも引き受けないって言われたらどうするつもりだった?(笑)
ケン 引き受けないって言われたら…もう知らない(笑)。それがすごい嫌だったの、会社が見つかるのを待つまでが、すごいつらかった。
校長 よくやってるなあ。
このところすごくいい結果が出てるけど、自分の判断というか、分析としてはどうなの?連戦連勝かどうかはわからないけど…
ケン んー、いや、悪いことは人に言わないし(笑)もちろんいいことしか言ってないんだけど。

校長 (笑)
ケン 自分でこういうの嫌なんだけど、ベルリンでやっぱ、こんなにイケてる…いやイケてるっていうか(爆笑)いや、作品で食えてるのって他に見たことないし、有名な日本人の作家とかもいるけど、そんなには…すごく有り難いことだと思ってる。なんでだろ?
校長 昔だったら「作品が魅力あるからさ」ってひとことで済んでたけど、やっぱりちょっと重たくなってきたよな、話が。
ケン 何でだと思う?あやちゃん

…あ、わかった。ぼくは今まで、作品が売れなかったら、それは自分の責任だから、売れる作品をつくろうと思ってきた。作品があんまり良くないなーって思えば、そんなのオレが悪いんだからいい作品つくるまでがんばればいいやって。そういう考え方だったけど。
校長 うん、うん
ケン そういうふうに考えてたら、ぜったいいつかはうまくいくはずじゃないですか。「ベルリンで食えねえ」ってなったら、食うまでやんなきゃ。「いい作品できねえ」ってなったら、いい作品つくればいい。なんかいい展覧会にならない、いい展示にならないって…じゃあいい展示にすればいい。できないんじゃなくて、すればいいんだ。そういう考えでやってたら…
校長 あー、なんか今「いいこと言っちゃった」的なオーラが…
ケン (笑)

そういうふうに思ったらさ、売れないなら売りゃいい、売れるもの作ればいいんだってね。それでももし、10年かかって売れないなら、20年かけて売れるもの作ればいいだけで。
そう、あとひとつ言いたいことがあったんだけど、ギャラリーに所属するじゃない?ふつうはそこで「よし!ギャラリーに所属した!」って、それだけで終わるんだけど、今度はそのギャラリーの中で勝負しないと。エース、もしくはせいぜい3本指。たとえばギャラリーで20人お抱え作家いたとしたらさ、どっかの美術館から「誰かいい作家いないか」と話が来た時に、やっぱりトップの2〜3人に入ってないと。
校長 話がこないよね。
ケン うん。そこに上り詰めるのが、次の戦い。そこに上り詰めるには何が必要か…もちろん売れるっていうのは必要だけど、常にベストを尽くすとか、お客さんの反応がいいとか。ギャラリストってさ、お客さんの反応すごくよく見てるから、お客さんが大喜びしたら嬉しいんだよ。そういうので上っていく。だからギャラリーの3番以内になったら、別に有名ギャラリーにいかなくたって…
校長 とりあえずはね。まずその所属してるチームの中でトップとらなきゃ先がないね。
ケン さらにそのギャラリストのトップに昇りつめたら…次はギャラリストと一緒に上っていけばいいんだ。
校長 お互いにね。どこでもそうだよな。なんかこないだ日本のニュースでね、研究してる予算をつける・つけないって話があってね。コンピューター業界ってすげお金かかるでしょ?そこで「何で1番じゃないとだめなんですか?! 2番じゃダメなんですか?! 」ってさ。ダメに決まってんだろそんなもん!って。

ああいうのって最初に権利とっちゃわないとダメじゃない?でも美術とかってそうじゃないとみんな言うでしょう。個人の自己表現なんだから、順番つけちゃいけないとかって。
ケン ああ、順番つけてほしい。ぼくねえ…美術って、点数つけてほしい。
校長 わははは
ケン たとえばさ、村上隆が10点だとしたら、おれが6点だとするでしょ?そしたらおれ、7点になるようにがんばれるよ。で、次に8点とって、次はよっしゃ!9点とってやる!ってできるもん。10点になったら村上隆と並んだってことになってさ、わかりやすいでしょ?
校長 でもその点数は「だれがつけるか」が問題だよ。
ケン だれがつけるか。うん。
校長 自分の中ではあるだろ、ベリーベストとか、セカンドベストとかさ。そういうフィーリングとか、歴史的な意味だったりとかがさ、みんなわかんないでしょ。もちろんわかる人もいるけどね。…ていうかわかってるかい?まわりは、そういうの。
ケン 美術のことは…うーん、変なアーティスト取り上げたりね。
校長 ただ、そっちの人たちってパッションはあるよね。見てくれる人の反応はおもしろい。いいと思ったら「すっごいぞ!」ってね。巻き舌で「シューパーッ!!」「エクセレント!!」みたいなさ。反応がビビットで面白いよね。
ケン うーん。今、札幌でやってるけど、それはそれでおもしろいよ
校長 教育についてはどう?
ケン 教育について…子どもの…うーん。ちゃんと、教育って、ルールを覚えるっていうか、それはぜったいに必要だと思う。

校長 それ美術の話?
ケン そう美術の。ていうか全部そうだけど…大事なことなんだなーって。それやらないで、何でもありの美術しか知らない人って…絶対に何年かやったら自分が何していいのかわかんなくなってる。100%やめちゃうんだと思うな。
校長 それは日本人のこと?海外でもいっしょ?
ケン ううん、どこでもいっしょ。逆にドイツの方が、なにやってもいい何でもありの美術教育を受けた人は、何やったらいいのかわかんなくなって、「何でもありなら何でもいいじゃん」って。その辺のもの壁にかけて「これもアートですか?」みたいな、そんなんでしょ?だから…
校長 ケンは、もともと…学校教育…不良じゃん?(笑)
ケン でも…やっぱ今でも尊敬するよ、勉強できる人って。いい学校行った人とか…たとえば東大行った人なんて、もうそれだけで尊敬する!だって、ぼくらが遊んでる時に、我慢して勉強できたってことでしょ?

校長 (爆笑)
ケン その我慢?それはちゃんと評価されるべきだと思う。
校長 それはそうだね(笑)たしかに。努力してるのを評価しないのは卑怯だよね。
ケン そう、卑怯!お医者さんとかだってすごいと思う。間違いなくぼくよりすごい。その点でいえばね。
校長 もし高校生のケンが目の前にいたら、今なら何て言う?親が困ってね、「何か一言いってやってください」とか頼まれたら。
ケン んー…いやー、ほんとに…

校長 あ、変な汗かいてる(笑)
ケン ほんとに…ぼくみたいな子だったら、他の人に何か言われても聞かないから、何の意味もない。自主的に何か見つけるまで待つしかないのかな。ぼくの場合もやりたいなあと思ってやってくうちにエネルギーがそっちに行くようになったから良かったけど…それは自分で見つけたから。誰かにやれって言われたわけじゃないからね。
校長 そうやって言うとね、不良は不良で素晴らしいんだ!って言い出す人も多いよね。でもそれはちがうじゃない?
ケン ちがうよ!
校長 悪いことやるってのはさ、悪いことっていうアピールをしてるんだからさ、そこを認めたらもうダメじゃん?…ってこんなこと載せちゃっていいのかな、webとかに。
ケン ん?いいよ。ぼくのことは、品行方正な…(笑)そしてあとは、覚悟。覚悟の問題は大きい。やっぱり美術家でやるって覚悟した人は、もう後がないからさ。そういう時は強くなるかもしれない。それで良くなるかどうかは知らないけど。
校長 うん、そりゃまた違う問題だろな。(笑)しかし、そう聞くと大人になったなケンも。いや変わらないかな?語学に関してはどうなの?プレゼンとかそうとうできるようになった?
ケン ドイツ語はぜんぜん。日常の買い物とかくらいならどうにかだけど…ほとんど英語。プレゼンの資料とかテキストとかは、自分で書くよ。
校長 へえー、成長したな。ていうか商売だからやるしかないんだよなそれも。
ケン そう、やるしかないんだよ。しょうがないの。
校長 今の大きなプロジェクトのができるのはいつ?
ケン 司法省の方は2011年の10月にビルディングができあがって、ぼくのはそっから。ロッテルダムの方は2012年の春から。
校長 うーん。楽しみだね。見に行くよ。お互いがんばろや。
2010年10月 どうなる?電子教科書
ワシ的には小学校で電卓使わせるのは反対。電子辞書使うのは賛成。問題はラクチンの質、目的と手段だと思うのだ。工作だって、工具を使うことで飛躍的に仕上げが良くなる!その分危険も増えるんだがな。結局どこにねらいを持たせるかであろ。…なんて無責任にあれこれ考えてたのですが、そもそもこのところちまたで「電子教科書論争」というのが勃発しています。いわゆる電子書籍がいよいよポピュラーになろうとしている昨今ですが、電子端末を小中学生に配って電子教科書として利用する構想も本格化しつつあるようです。教員が電子黒板などの大型モニターに文字などを映す「指導用」はすでにある程度普及しているようですが、今回議論になっているのは生徒に1台ずつ配布する「学習者用」。電子化によって映像などを活用し学習効果が上がるとする見方がある一方、「人格形成にゆがみが生じる」などとする慎重論も根強くあります。論争とはこの対立(?)を指しているようです。
政府は今年6月に、全生徒・児童に学習者用の端末を配布するという方針をすでに決めており、2011年度には一部の小中学校で活用の実証実験を始める方針とのことです。文科省ではその結果を踏まえ、20年までに全員に端末を配布したい考え。ですが民間(特にソフトバンクやマイクロソフト)は、さらに早く15年までに全国の小中学校に普及させたいと。そんな中で、識者から「待った」がかかっているのです。
たとえば校長が尊敬する作家の柳田邦男氏は「学校教育のデジタル化は子どもの人格形成を阻害する」というお考えなのだそうです。ゲーム等の影響で親子や友達との接触が減っていることを念頭に「かけがえのない人間形成期の子どもたちが多くの時間を電子機器とばかり向き合う時代になった時、ゲーム感覚そのままに、自己中心で勝ち抜くことばかりを考える人間を生み出すことにならないか、今こそ教育現場で議論すべきだ」と主張されておられます。一方で校長が苦手なジャーナリストの田原総一朗氏もやはり反対論者なんだそうです。田原氏は現状の日本の教育について「正解のある問題を解くことしか教えない」と批判。「教育とはコミュニケーション能力や想像力を高めることです。電子教科書は検索で答えを引き出す事が出来、自己完結型になってしまう。今の教育のまま電子教科書を導入すると教育の欠陥が助長される事になってしまう」と、電子教科書を導入することの弊害を説いています。さらに、校長も愛用するiPadの電子教科書化を押しているソフトバンク(わしはアップルストア行きますが…)の孫正義社長の意見はこうです「少なくとも電子教科書で利益を上げるつもりは、皆無」とした上で「紙の手触りや鉛筆の匂いへのノスタルジーは、その時代に子供時代を過ごした人の感情として理解は出来るが電子教科書が人間形成を阻害というのは…」「辞書をめくる過程に何の付加価値が有るのか理解出来ない。教えて下さい」「ノートと鉛筆は否定しない。電子教科書でないと失う物多し。紙の教科書でないと失う物は何だろう」「革新的技術が生まれた時、保守派は足りない点を見て嘆き、革新派は優れた点を見て夢描く」などなど強く反論。うーむ。みなさんはどう思いますか?
何年か後にこの新聞を読み返したときのことを想像して妙にソワソワする校長ですが、敢えてここにワシの意見も書いておこうと思います。基本的に校長は電子教科書賛成!便利は不便を駆逐してしまいますからね、柳田先生だって、紙と鉛筆だけで手紙を書いているわけじゃないはずです。ワシだって電子辞書に相当助けられてますしね。
ただし、総括的な話もここに加えておきます。まず明治の大人の教養はすごかったんじゃないかと思うんです。漢文の読み下しとか、英書の読みこなしとか…日本はやはり戦争に負けてから、国としての生産性が落ちるように第二の戦争を仕掛けられた現実をしっかり見るべきだと思います。キツい言い方をすれば「二度と歯向かうことがないように」「徹底的にバカになるように」そういったあたりからちゃんと考える必要があるのでは?
電子教科書の話で言っても、残念ながら電子デバイスで世の中のあらゆる知に触れることができるようになったとしても、子どもの知力・学力は上がらないでしょう。これは断言します。だって電卓を手にしても暗算が得意にはならないでしょう?同じように、絵の描き方をどれほど映像でわかりやすく見せても、描けるようになんかなりません。知識は思考能力とは違いますし、ましてや実践力とは決定的に違います。
さらに心配なのが、いわゆる頭のいい大人たちが、子どもにやる気を出してもらおうと、電子教科書に小さなごほうびをあれこれ入れちゃうこと。細かく報償行為を与えられないと勉強しないようにしてしまうのは、教育のゲーム化、学校のネズミーランド化といいますか…校長は、人間の知に対する欲求というのは、もっと崇高なものであって欲しいと思います。
不便や不快さも必要ですし、自分でやらない限りできるようにならない。教育とは見せること・調べることじゃなくて、やることやらせることの方が基礎にあると思います。
2010年8月 ロードアート まきば
史上最大のロードアート「まきば」参加してくださったみなさんありがとうございました。今回の「まきば」、開催まで最もハラハラさせられたのが目まぐるしく変わった天気予報。最悪のときは降水確率80%!そんな天候の不安もなんのその、大塚いちおさん、写真家服部貴康さんの神懸かり的な晴れ男パワーを借りてのワンチャンス。見事に七月二十五日は快晴に恵まれ、札幌PARCO、三越、4プラに囲まれたスクランブル交差点が、3000本を越えるチョークで塗りつぶされました。…なんてきれい事を書いててもしょうがない。「まきば」の裏側はハプニングだらけだったぞな!
まず…まさかあんなに人が集まるとは…(絶句)。だいたい、アップルストアが山手線みたいになってたぞ!柵作るのも40セットしかないからちょっとケンカになってたらしいぞ!正直それほど広く告知した覚えはないんだが…やはりこれは『みいつけた!』の力なんですかね。そのNHK教育テレビ『みいつけた!』ですが、この夏の番組エンディングは、2年前のロードアート「ツリー」。やったのは銀座ではないかとか、三越が角にあるのは札幌以外考えられないとか、どこで誰がやったんだ!?的な疑問が全国で巻き起こってるのだそうですが…ええ、ワシらえふでがやりました。トータス松本「つぼみ」バージョンにのって、えふでのみんなの活動の様子が流れております。
おかげさまで『みいつけた!』の監修をされていらっしゃる京都大学の先生にもこの「ツリー」が初めて放送されたとき大変おホメいただいたのですが、それはやはり「教育的な目線」から。多くの子どもたちが、自分のできることを一所懸命にしたことが、最終的にひとつの作品になっているという点が評価されたのです。そういう意味では…今回も確かにみんなができることを必死にやって巨大な「まきば」ができたんですが、ちょっと教育的な目線からいうとツメが甘いかなと。ワシはいくつかの点で反省しております。イマジネーションで塗りつぶした緑色が草に見える…ハズが、ちょっとうし以外の小道具に頼りすぎたかな。でかけりゃいいってもんでもないし。それに今回はもっと、塗り込みに対する踏み込みができたんじゃないかという想いが残っておるのです。大塚さんやワシらの声は、参加したみんなに聞こえてたのか?想定以上の参加者に対しイメージの共有という意味で、もっと工夫ができたはずというのが大きな反省点となりました。
あ、もうひとつ重大なことが!公道を使っての制作ですから、関係省庁との粘り強い折衝と、お互いの信頼関係が大事なのですが…さすがにワシも叱られちゃったよ。若いおまわりさんに。ちょっとテニスコートみたいな色が…あれは…うーん。一日おいて夜にゲリラ雷雨みたいなものがあり、『スクランブル交差点緑化計画』は一夜にして幻となったわけですが(助かった)…うーむ…反省。イベントとして成功?楽しかったからOK?いやいや、規模が大きくなるのは構わない。しかしワシらはあくまで教育目線をもっていきたいのだ!今年はそんな決意を新たにしたロードアート「まきば」でした。
あ、そうそう。まきばの主役のうしたちが、このあと更なる活躍を見せるという情報もあり。うっしし。そりゃまた楽しみよ。うしチームのみんな、えふでOBSのみんな、たいへんごくろうであった!よくやったぞ。
2010年8月 どうなる!?ロードアートまきば
とうとう来るぞロードアート「まきば」が!今年の舞台はPARCO/三越/4プラの、あのスクランブル交差点!なんとこれまでで最大のものになりそうなのだ!
その昔、かの大山師範はこう言ったのである。「技は力の中にあり」校長は最近よく考えるのだ。押忍!わしは昔から、なんじゃそりゃという顔をされながらも「えふではニセコになるんです」とずっとずっと言って来たのだ。別にスキー場を経営すると言っているわけではない。こういうことなのである。
リフトから見ていると豆粒みたいなちっこい子がヘルメットをかぶってボーゲンで直滑降していく。そんな弾丸小僧を見る時、わしはいつもこう思う「あーゆー奴がオリンピックとか行くんだべか(北海道弁)」つまりこれも「技は力の中にあり」ということ。
まずはごちゃごちゃいう前に、スピードという圧倒的な力の前にひるむことのない強い気持ちと強いからだが必要なのではないか。ちまちまテクニックを教え込む前に、スピードの中で戦うパワーが必要なのだと、からだに覚えさせる。…もちろんできる限りの安全な装備とともにチャレンジするのはいうまでもない、勇気と蛮勇は違うものなのだからの。そういう勇気の中からほんもののテクニックが生まれる。そしてまわりには世界のみんなも羨むチャレンジングなバーン。どこそこの近所のにいちゃんはオリンピック行ったとか、あそこのおじさんは世界選手権に出たことがある。そんな中で温かく見守られ、応援を受ける。理想的な環境ってそういうものじゃないのだろうか。だからえふではやっぱりニセコになりたいのだ!
ロードアートのように、街の真ん中の道路に巨大な絵を描くなんて、そんな贅沢なことがあろうか?少なくても多くのひとが理解と応援をしてくれている。炎天下の中、ただただ塗りつぶしていくという荒行に子どもが挑む。小手先のテクニックの前に全身を使った身体性、つらさに負けない精神力、集中力。まずその圧倒的なダイナミズム、「力」が必要なのだ。そう、アートだって「技は力の中にあり」一緒に遊んでくれる大塚いちおさんは、アート/デザイン界の日本のA代表。押しも押されもせぬスーパープレイヤーなのである。そんなすごいひとが、子どものがんばりに共感してフツーに来てくれる…このレベルでがんばるのがあたりまえだと思う子どもの中から、また次世代の大塚いちおが生まれるかもしれないのである。いやホント。
もうひとつ、これはみんなに考えて欲しいことがある。「世の中の元気がなくなってる」って、テレビの中のおじさんやおばさんたちが偉そうに言ってるけど、がんばりを認めないことってたいへんな問題だと思うのだよ。何でもやってあげたり、お金をかけたり、あれもこれも選べるよって気を遣う…これってほんとうはダメなことなんじゃないかと思うんだ。選べることの不幸、選べない幸せもあると思う。つらいことをさせないっていうのは、一見優しさに思えるけど、実は子どもにとっていちばん残酷なことなんじゃないかと思うのだ。道具だって、からだだって、頭だって、使わなかったらサビついて使えなくなる。苦労を子どもから優しくとりあげることが、そのまま子どものチャンスをとりあげることにならないとも限らない。これって考えようによっては残酷でしょう?
手軽に…とか、誰でもできる…とか、みんな簡単なことが好きになっているのは事実であろ。大変なことって敬遠されがちだが、やはり基本って「がんばり」なんじゃないかと思うのだ。ひたむきさって他人に伝わるぞ。ひとりのがんばりが、ほかの人をがんばらせて、その熱がまたとなりの人に伝わって…
たった数時間だけど巨大な「まきば」ができあがるよう、ただ一点、そこだけに努力してみよう。この夏は一緒に苦労してみるのだ!
2010年7月 開催決定!三匹のこぶたキャンプ 2010 summer
おうちのちょっとした修繕や、棚の取り付け・加工など、みなさん自分でされますか?やればできそうなものだけど、中には自分でやろうか業者のひとを呼ぼうか…と迷うことってありませんか?ちょっと面倒だとか、手伝うひとが必要かも…など、特に汚れ仕事やちょっと危ない仕事だと、やはりプロの業者にお願いすることになりますよね。水道の蛇口がぐらぐらするとか、何か特別な道具が必要に思える時も、やはり自分でするのを躊躇しそう。逆にいうと、ある程度きちんとした道具が揃っていて、普段からほどほどに使い慣れていれば、自分でできることも結構ありそうなものです。しかしそういった経験があったとしても、やはり自分でやりたくないと思うことも実際にはあるんです。危ないこと、汚れることの他にも、面倒だったり手間がかかるものは、やはり敬遠したくなります。だからと言ってやらなければ、いつまでもできないままだし…うーん。
以前こんなことがありました。校長は小さな倉庫の屋根のペンキを塗ったんです。これが、まさに「いうとやるとでは大違い」。もちろん色塗りは得意な方ですよ(校長は油彩専攻だったし…ってみんなが考えるほど関係はないんだけど)いろいろ考えながら段取り良く進められるよう準備をして、危なくないようにロープをまわし、命綱なんかもしっかり取り付けて、ペンキのノリがよくなるようにワイヤーでできたごわごわのデッキブラシみたいなのも準備。塗りやすいようにローラー式のハケも持ったし…よしよし準備万端!いよいよハシゴを用意して上を見上げると…ん。んん?なんと、これが怖いんです。たいした高さじゃないんですよ、軒先は3メートルもないくらいだし、高いところでも5メートルほど。ところがどうして…これが本気で怖い!もともと高い場所がそれほど得意じゃないこともありますが…のぼる前から、ハシゴがたわむ!長いハシゴはなるべく斜めにならないようにするものですが、立てると後ろに倒れそうだし、斜めにするとやっぱりたわむ。ハシゴから屋根に移る時、手でつかむところがない。ようやく屋根に乗ってみたら、こんどは軒に立てない。そこは屋根の最頂部よりもずっと地面に近いはずなのに…やっぱり怖い。上を見たりするとさらに怖い。しかも汚れる。おっかなびっくりやってると、ペンキをつけすぎたりあちこちはねたりでドタバタ。もちろんこういうの、ぜんぜん平気っていう人もいると思うんですがね。だって、地べたにあの程度の斜面があったとしたら、ギリギリのところでつま先立ちするくらい余裕なんです。明鏡止水のごとく…心を落ち着かせて恐怖心を克服しようとするのですが…怖いものは怖い。
さて、私たちはそういった恐怖を避けることができます。普通の人ができないこと、やりたくないことは、誰かがやってくれるように職業化されたりしているものです。ですからこの屋根のペンキ塗りの話でいうならば、ペンキ屋さんにお願いするのが手っ取り早い。屋根の下の少し離れた安全なところで見ながら「塗り残ししないでよー」なんてお願いしたりね。つまり危ないことはもちろん、汚れること、つらいことは、お金を支払って他の人に代わってもらうことができるのです。しかし汚れることは誰にとっても汚れることだし、危険なことは誰にとっても危険なこと。そこで思うのはやはり「プロの経験」というのはすごいということ。リスクを避けるための手順をきちんと踏み、万全の準備をした上で、恐怖心などの感情をひとまず横に置き作業をすることができるのです。ということは、やはり広い意味での経験・学習によって、ひとは変わることができるということなのでしょう。
実はこういう恐怖感とかクラクラする感じというのは、脳の原始的な部分を鍛えてくれるのだそうです。いわゆるロジェ・カイヨワのいう遊びの要素ですね。「競争」「偶然」「摸倣」「めまい」…そういわれてみれば、子どもって何かとハラハラすることが好きですね。「めまい」は無いでしょうけど、今回のこぶたキャンプには、そういった原始的な要素が満載です。なおかつ場合によっては、ガマンが必要になるかも知れません。飢え、渇き、明け方の冷えを防ぐためには、自分達の力でテントを建て、水を運び、食事を作らなければいけないのです。ギブアップの印であるレッドカードを出すことによって屋根のある安全なロッジで寝ることもできます。しかし…こぶたキャンプでシビアなものつくりの体験をするのも、子どもの能力を覚醒させる手助けになるかも。かわいい子には旅をさせよとか、若いうちの苦労は買ってでもせよ、なーんていいますからね。今年のチャレンジャーはどこまでできるかな?










