絵筆新聞

2009年8月 フラワー flower 2008.7.5(日) 札幌市モエレ沼公園

 咲いた!みんなの力でモエレ山に大きな大きな花の絵が立ち上がりました。2009年7月5日、モエレ沼公園で行なったワークショップ「フラワー」。始まりは小さな写真からでした。
 ほぼ一年前に行なったワークショップ「ツリー」の後、大塚いちおさんとは制作について、美術教育について、なにかと相談を持ちかけていたのです。えふでの教育方針に対しての共感から、しゃしんのなぞ展にむけての特別授業に先生として参加してくださったのも記憶に新しいところです。どちらからともなく「また何かやりたいですねー」と、打ち合わせとも雑談ともつかないお話しを重ねる中で、場所の候補としてモエレ沼公園が上がって来ました。イサムノグチさん設計のこの公園は、日本中から高い評価を受けていますから、いちおさんにとっても手ごたえがあるのではと考えての提案でした。あの手芸部部長もあの植原王子も駆け上がって、見た目のかわいらしさと、実際の大きさとのギャップに驚いたんですよ…そんな話をするうちに、そのモエレ山の写真に、いちおさんがさらさらと直接(!)描いた小さなフラワー。「山にこんな花が咲いてるといいよね」のことばにびびるえふでチーム!「ですからその山ほんとうにでかいっすよ!」「見てると遠近感おかしくなってくるんですって」…まてよ?ということは…しばし沈黙。やろうやりましょうやって見よう!と、なったのです。
 そこからは公園との打ち合わせ、見る場所と貼る(?)場所との視点の設定、建築のツマックデザインさんに遠近感の補正のためのデータをおねがいし…と、どとーのごとく進めて来ました。いちおさんとゆかりの深い、NHK「みいつけた!」チームの取材も決まり、あとは…えふでの親子がどこまでがんばれるか! 打ち合わせや下見の時から比べてどんどん伸びた草!急な斜面!過酷な条件てんこ盛り。えふでの生徒は4歳年中からですが、下に兄弟もいるので参加は2~3歳児もいる!つーか画面は20×70メートル!そんな広い面積子どもが塗れるのか?天候は?風が出たとき、子どもはシートを押さえていられるのか?うーん、考えるほどに心配続出!しかーし一番心配になったのは…当日モエレをはじめて見たいちおさんのひとこと「うわっ!山でかすぎ!」えふでチーム絶句(笑)。とはいえ、これまでプールやツリー、はては巨大バルーンにさえもチャレンジして来たえふでですから、勝算はある!と信じていました。
 当日のがんばりについては、ぜひえふでウェブを訪問して下さい。「フラワー」制作記がアップされています。小さな子どもたちもすごいがんばりを見せましたが、今回奮闘してくれたのはアートラボの中高生チーム。さすがに鍛えられたラボの、さらに志願者ということもあり、無線のインカム装着でがんばってくれました。うーん、まさに自画自賛だけど、大塚いちおさんとの「フラワー」これはさすがに日本一じゃねー?

2009年7月 flower 7月5日(日)札幌市モエレ沼公園 

 打ち合わせを兼ねて、イラストレーターの大塚いちおさんと一緒にごはんを食べていた時のこと。
大塚「若いイラストレーターが僕のとこに作品持ち込んで『絵を見てください』って言うことあるんだよね」
校長「ふんふん」
大塚「そしたらさ、んー、どうしようかなーとか思いながらも、ついついアドバイスしちゃうんだよね」
校長「へー、どんなこと言うんですか」
大塚「やっぱりひたすら描くだけなんだよって。自分の好みの物でいいから延々と数を描いたらいいですよって」
校長「なるほど」
大塚「でもね、カッキー(柿木原政広さん)とよく言うんだけどね、意外とみんなやらないよねって(笑)ほら、こっちとしてはさ、『やば!今のこれ、ほんとのこと言っちゃった!一番大切なこと教えちゃった!』って思ってるんだけど」
校長(笑)
大塚「『わかりました!』『やってみます!』とか言って帰るからさ、こっちとしてはやっべー、俺らの仕事なくなるかも、言い過ぎちゃったとか思ってるんだけど」
校長(爆笑)
大塚「全然やんないの。なんだろうね、あれ。その時は『答がわかった!』みたいな顔してやる気満々になって帰るのに。」
 いちおさんの話にはいつも感心します。頭ではわかってるつもりでも実際には努力をしない。みんなそこをスルーしちゃってチャンスを逃す、と。んー。たしかにそういうことってある。わかってはいてもなかなかできないこと。やろうとしても挫折してしまうこと。き、厳しいのう…しかし!えふではできる努力をあたりまえにがんばるのだ!一度やると言っちゃったからにはえふでに二言はない。たいへんでも…大きくても…やるったらやるのだ!
 さて教室やウェブサイトでもお知らせしています「フラワー」。これは大塚いちおさんとこの夏7月5日に行なうワークショップ。モエレ沼公園にえふでの子どもたちと一緒に花の絵を描こうと考えています。が…しかしそのかわいらしいビジュアルからは誰も想像できないかもしれませんが、これ実はえふで過去最大のおっそろしい企画、なのです。これまでえふでは数々の「大きなモノ」のワークショップを行なって来ました。太さ5m、長さ20mの巨大鉛筆(…型バルーン!)を作って宙に浮かせたり、4レーン、幅8mの25mプール(実物大のプールの絵!)を描いたり。去年は20m×30mの中に描いた大塚いちおさんの絵を、4〇〇〇コマ分写真を撮って、ムービーにして発表しました。そうなんです。作品が大きなものになると、だんだん絵を描くということから、絵のなかに入ったり、絵のなかの登場人物になってしまったりするのです。モエレ沼公園に行ったことはありますか?あの公園は広すぎて遠近感おかしくなったりしすよね。すぐそこにあるように見えるあの正面にそびえ立つモエレ山も、のぼってものぼっても斜面の角度がきつくなるだけで、ぜんぜん頂上が近づいてこなかったり。今回はそんな、大きいんだか小さいんだか、遠いんだか近いんだか…めまいでくらくら足元ぐらぐらという、不思議な絵にしたいのです。
 「札幌で何か楽しくやりたいねー」と言った大塚いちおさんにモエレ沼公園の写真を見せたとき、さらさらと描いてくださったお花の絵。「いちおさん、その山ぱっと見は小さく見えるけどすごく大きいんですよ」「んん?ということは…」さすがすごいイラストレーター!たったのひと言からのイマジネーションの広げ方がハンパじゃない。小さく見えるそのお花が実は…、いやいやここから先は当日のお楽しみにしましょう。そんな「大塚いちおさん+モエレ山+えふで」でイマジネーションと発想の飛躍がどんなところに着地するのか?おまけと言うか、ごほうびというのか、いろんな方々にも、ちゃんとしたかたちで見ていただくことができそうで、そこも楽しみなのです。
 そんでもって時はすっかり21世紀。いよいよえふでも今回からメールによる申込にチャレンジしましたがいかがでしたでしょうか。雨天延期(雨などの場合は一週あとの7月18日に順延します)などのお知らせもメールでできるということで、超ハイテク気分。先着60組の親子ということで余裕ありそう…と思いきや受付初日からものすっごい勢いで申込が。定員になりましたらキャンセル待ちとして登録いたしますのでご了承ください。
 そしてお父さん・お母さんに覚悟していただきたいことがひとつ。制作は…かなりたいへんそう。特に小さい子どもたちは着替えが必須アイテム。なぜなら今回の制作はかなり汚れるから!いろんな意味で親にも子どもにも覚悟がいる制作なのです。決してオシャレ風なお出かけ着では参加しないでくださいね。スニーカーも必要ですが、もしあればビーチサンダルなどがあると便利かも。作品が大きいもんだから、足元まで心配…。外で行なうワークショップっていうのはただでさえ体力使いますから、動きやすい服装で参加してください。
 ぬうぅ、さいごにもう一度…「えふでに二言はない!」ワシもがんばる、みんなもがんばれ!

2009年6月 子どものためのワークショップ 絵と音楽のあいだ

 とうとう実現してしまったD-BROS植原亮輔さんと渡邉良重さんのワークショップ。おふたりの仕事のすばらしさを目の当たりにするたびに、いつかえふでの子どもたちとワークショップをしていただきたいと願って来ましたが、いざ実現すると、ちょっぴりの寂しさも感じてしまいました。ああ、いつか終わっちゃう…的な…。本当にこのままずっと授業が続けばいいのにという気持ちになってしまう、日本中のひとが羨む特別なワークショップでした。参加した子どもたちの得たもの、こころに残ったものを今すぐに見ることはできませんが、この先いつの日か新たなクリエイションとして芽が出るような気がします。
 今回、5月3日に行なったのは、D-BROSのお二人とゆかりの深い音楽家・阿部海太郎さんとの3人による「絵と音楽のあいだ」という特別授業です。えふでは子どものためのアートスクールですから、デザイナーの仕事に対する厳しさについては、きちんと理解しているつもりでしたが、海太郎さんのような目覚ましい活躍をしている音楽家にお話を詳しくうかがう機会を持つのも初めてで、ゲストにお呼びするのをたいへん楽しみにしていました。早い時期の打ち合わせの席でも、海太郎さんは「音楽は鑑賞にもある程度の訓練が必要なんです」とおっしゃっていました。実はこの言葉をいただく前から、音楽を題材としたワークショップを行なうのだから、安易なものではなく音楽の魅力をしっかり伝えることができるものにしたい、またD-BROSのお二人も関わるのだから、同じように美術のもつ魅力やすばらしさをもしっかり伝えられるものにしたいと考え、ただ楽しそうな雰囲気に流れること無く、作り手としての喜びや厳しさをどのように考えているのかについても、子どもたちに直に伝えたいとリクエストしました。モエレ沼のガラスのピラミッドで行なわれたこの講座の内容は、絵と音楽とをつなぐもの。音楽によってイメージを膨らませ、5種類の楽器一つひとつの音のイメージを、植原さんと良重さんが決めたフォーマットに落とし込んでいくというものです。参加する生徒の年齢も小学校2年生から高校生までと幅が広く、一歩間違えると、抽象的な難しいものになってしまう懸念もありました。結果としてすばらしいクオリティのワークショップになりましたが、それを支えたのはD-BROSの植原さんと良重さんが持つ、感覚を言語や作品などのかたちにして翻訳するちからであり、音楽家の海太郎さんが合わせ持つ、類い稀なる表現力と優しさでしょう。そして3人とも人間的な魅力という点で共通しています。
 まず授業は、講堂の中での3人の紹介に始まり、デザインの仕事についてのレクチュアを植原さんと良重さんから。演奏や音楽についてのレクチュアを海太郎さんにお願いしました。みんなの緊張が少し解けたところで、40種類ほど並んだいろいろなパターン(模様)から海太郎さんが選んだ一枚に、海太郎さんが楽器を使って音をつけます。どの模様からイメージしたのかをみんなで当てたりしていきます。ひとつの正解というより、音楽家である海太郎さんが、色やかたちのどんなところに音のイメージを重ねているのかを考えるきっかけにしていきました。順番を逆にしたりして、海太郎さんならどんな音をイメージするのか、自分ならどんなかたちにするかなど、子どものイマジネーションも少しづつ膨らんでいきます。
 午後はガラスのピラミッドの中心へ移動し、いよいよ制作に入ります。題材はこの日のために阿部海太郎さんが作って下さった曲『3rd May Quintet(5月3日の五重奏)』の5つの楽器の一種類づつの音だけを繰り返しくりかえし聞きながら、植原さんと良重さんが選んでくれた用紙(単語帳形式だったり、ノート形式だったり、マルや四角の厚紙だったり楽器のイメージで選ばれたフォーマットです)に子どもが自分で選んだ画材で自由に描いていきます。このフォーマットの規定(しばり)と自分の想像で描く自由度の設定がまず本当に素晴らしかった。苦戦したところもありましたが、最終的にはできた絵が木箱の中に標本のように並べられていきました。中央には曲の入ったCDが納められています。音楽関係者の感想を伺う機会もあったのですが「ひとつひとつの楽器のパートを、絵画制作のため(それこそ)からだにしみるくらい聞き込んで、最後に曲として構成されたものを聞くというプロセスがたいへん効果的で興味深かった」と言っていただきました。制作という側面から見ても、鑑賞という側面から見ても、あり得ないほど本質的な授業になったと思います。世の中にイマジネーションや創造性をうたう授業はありますが、音楽を題材としてここまで深く自分のこころに向き合って制作を進められたのは、日本屈指の才能を持つあの3人が先生だったからなのは間違いありません。

2009年5月 阿部海太郎×植原亮輔と渡邉良重 LIVE & TALK at FAbULOUS

 みなさん音楽はお好きですか。普段どんな曲をお聴きになっていますか。もしお気に入りの絵や映像を音楽といっしょに楽しむならば、どんな曲と一緒がいいですか。
 昔は、音楽は音だけの世界を楽しむことも多かったような気がします。たとえば薄暗いジャズ喫茶なんかもあったりして、音だけにじっと耳をすましたりしていました(古いか。)メディアの発達や、携帯プレイヤーの進化などでそんなようすも大きく変化しました。音楽を聴きながら街を歩くと、普段の景色が変わって見えたりしますが、今の世の中では、音楽だけを聞くということは少なくなったのかもしれません。映画音楽やビデオクリップなど映像と音楽の組み合わせは、特に目新しいものではなく、今やあたりまえのものです。…しかし…実はそんな中で校長は、音楽家の阿部海太郎さんの曲にずしんと衝撃を受けてしまったのです。クラシカルな上品さの中にも豊かな表現力をもった海太郎さんの音楽。その曲はあのD-BROSの植原亮輔さんと渡邉良重さんの作品のために生まれたものでした。D-BROSの映像は落ち着いたトーンで、とりたてて派手なものではありませんでしたし、演奏もピアノと口笛というシンプルなもの。しかしその抑えられた表現から立ち上がる世界観に、そしてその音楽が持つ色彩の豊かさに…ほんとうにノックアウトされてしまいました。これはどう言葉や文章で書き表しても伝わらない。ぜひライブで同じ空気、同じ空間を札幌のみなさんにも共有して欲しい、そう感じました。
 …というところで、えふでからすばらしいお知らせがあります。その阿部海太郎さんのライブが、ゴールデンウイークの五月二日(土曜日)、とうとう札幌で実現します。今回はD-BROSの植原亮輔さん・渡邉良重さんを招いたトークショーも同時開催。まほうの絵ふでの子どもたちのためのワークショップ『絵と音楽のあいだ』の連動企画として開催します。これまでにもお伝えしてきましたように、植原亮輔さんは『クリエイションとエデュケイションのあいだ』展で札幌の皆さんにクリエイティブの奥深さを示してくださったアートディレクター。先日亀倉賞を受賞し、実質「日本一」の評価を得たすばらしいデザイナーです。そして相方である渡邉良重さんは、植原さんいわく「国宝ですね。」決して大げさではなく世界中にファンがいる素敵な女性で、植原亮輔さんが最も尊敬するクリエイターのひとりでもあります。イラストレーターとしても、アートディレクターとしても、見る人のこころの深い場所を揺さぶるような素晴らしい仕事をされています。そして阿部海太郎さんは音楽家として、またひとりの若きクリエイターとして、そのお二人から深い信頼を寄せられています。こちらは植原さんいわく「海ちゃんは天才です」(きっぱり。)
 さて、そのライブですが、時間が遅めで基本的には大人対象です。子どもたちには悪いけれど、たまには大人の時間も大切かと。んー、まぁラボの中高生なら休み中だから今回ばかりはおおめにみてもよいか…「日本一」と「国宝」と「天才」に会える機会なんて、そうそうありませんしね。植原さんと良重さんは、そのやわらかい雰囲気からは想像もつかないほど厳しい目線で仕事をされており、その作品の数々を目にし、話を聞くことができるのは普段の授業の百倍も刺激になることでしょう。海太郎さんはテレビや舞台、映画音楽なども手がけており人気急上昇中。もしかするとこんなに客席と近しい雰囲気のライブは(特に札幌では)今後ほとんど機会がないかも知れません。
 いずれにせよ、えふで会員限定のライブではありませんから、なるべくお早めにチケットを確保されることをお勧めします。カフェが会場ですので用意される席数もそれほど多くはありません。ぎゅっと濃密な空間で音楽とクリエイションの秘密に触れることができる、全国の海太郎ファン、そしてD-BROSファン垂涎のイベント。お父さん・お母さんもご一緒に、トップを走るクリエイターたちの世界をかいま見てみませんか。

2009年4月 絵と音楽のあいだ

 ひとが成長するのはどういうときでしょう。ひとつはちょうどよい試練があったとき。例えば、いきなり重いものを持たせても、筋肉がつく前にからだを痛めてしまいますから、できるかできないかという良い加減の負荷をかけていく。そしてもうひとつは、イメージするだけではなく実践するということ。トレーニングの本を読むだけで筋力がつくわけではないですものね。自分自身でチャレンジすることです。
 そして忘れがちなことがもうひとつ。それは「憧れること」。すごいスポーツプレイヤーや、本で読んだ偉人などなど…あこがれの対象は人それぞれですが、自分がイメージできるかぎりの高い目標を持つことは、子どもたちにとって幸せなことだと思います。
 さて、春の特別授業の先生としてこれまたすごい人たちがワークショップをしに来てくれることになりました。音楽家の阿部海太郎(あべ・うみたろう)さんと、2007年「クリエイションとエデュケイションのあいだ」展でもえふでに登場したアートディレクター・植原亮輔(うえはら・りょうすけ)さん、そして植原さんとともに日本のクリエイティブを牽引している渡邉良重(わたなべ・よしえ)さんです。
 阿部海太郎さんは、本部教室でいつもおなじみのあの音楽を作曲した方です。何となく印象に残っている人もいるでしょう。えふででは以前からよく聴いていたのですが、ワークショップの話がもちあがったのは、とある演奏会でのこと。植原亮輔さん・渡邉良重さんによる映像に合わせて、海太郎さんがピアノを演奏するというスタイルのライブに、校長は一発でノックアウトされました。ぜひともこれをえふでの子どもたちにも聴かせたい、いやいや聴かせねば!の勢いで、ライブ終了後「札幌で音楽会をぜひ。あのムービーとの相乗効果もすばらしかったです。」とお話をしました。すぐに植原さんや渡邉さんにもライブの素晴らしさを伝えましたが、みなさん何せ忙しい方たちですから「いつか札幌で」という感じで、まだまだ先になるものと予想していました。
 「子どものためになるなら」と、早くもこの春実現できるなんてたいへんありがたいかぎり。特に植原さんは第 回亀倉雄策賞というデザイン業界のとんでもなく大きな賞を授与され、最年少で文字通り日本の頂点に立ってしまいましたから、展覧会その他のオファーの間を縫っての実施となります。実はこの3人は今、いろいろな仕事で映像と音楽のコラボレーションをされており、美術表現と音楽表現の可能性を広げています。今回は色やかたち、音楽によってつくりだされる規則性など、色々な方向からアプローチをすすめます。頭で考える以上に、感覚的な面から制作を見つめ直すことになるでしょう。そしてご想像の通り子どものワークショップのテーマとしてはたいへん難しい内容ですが、「子どもらしいピュアな感性と、専門に美術を学ぶ子どもたち、両方の刺激になれば…」との彼らの希望から、年齢の幅をできるだけ広く設け、各学年層に分けて参加者を募集します。第一線で活躍してる人の話を聞きたい、一緒に活動してみたいというひとはこの機会をお見逃しなく。
 ところで。憧れるちからという意味ではワシの考えるひとつの理想はニセコです。近所のお兄ちゃんやお姉ちゃんがオリンピックの強化選手や国体選手。地域の子どもの成長を気にかけて応援してくれる。そして世界に誇れる良い雪質の斜面がひろがっており、そこからまた次世代のすごいスキーヤーが生まれてくる…さてデザイン・美術の世界では?先述の通り、今年度の亀倉賞は札幌生まれの植原さんが受賞、JAGDAという全国のグラフィックデザイナー協会の新人賞でも、4人のうち2人が道産子なのです。もしかしたら北海道がすごい場所になるかも…えふでのみんな、期待されとるぞ!

2009年3月 結局、さいごは想像力です

 ジョン・レノンさまは「イマジーン♪」想像してごらん、とやさしく歌いかけてきますが、そう簡単なことではありません。考えたり、想像したりするのはとてもエネルギーを要すること。脳ミソ熱くなって湯気が…なんてマンガみたいなことはあり得ませんが、想像することくらい誰にでも簡単にできるってのはちょっと話が安易すぎる気がします。
 たとえば車の運転。運転席の人と助手席の人は同じ景色の中、違うリアリティでものを見ています。産まれたばかりの子どもの場合、これまた同じ景色の中で、赤ちゃんは一体何を見ているのでしょうか。そんなことを改めて深く考えさせられたのは「目が見えない人の世界」を想像する機会があったから。手で触って、手で見て楽しむ写真展『Touching the Images———ふれる写真展』(世田谷文化生活情報センター生活工房主催)は、えふでがいつもお世話になってる写真家の服部貴康さんが企画したいっぷう変わった写真展。どこが変わってるかというと「目の見えない人たちと、写真でコミュニケーションする」という点。撮った写真をパソコンで線描に加工し、さらに特殊な立体コピー機で立体に盛り上げる「触る写真」という技術を使ったものでした。
 パソコンの線描加工には、若手デザイナー陣が力を発揮していました。さすがグラフィックのトレーニングを受けてきた専門家たち、とても器用に要素を抽出してシンプルな画像を作っています。たとえば写真から加工されたワシの線描は左の一枚。雰囲気あるでしょ?
 しかしこの図を見て「校長だ」と理解できるのはある種の約束事がわかっている人たち。そして目を閉じて線をさわるだけで、これがワシを表した絵だって理解できるかどうか…展覧会スタッフが予想していた以上に難航したのは「写真は平面である」ということでしょう。先に触れたように、目の見える私たちですら、お互いに同じ世界を見ているわけではありません。見ることに対する根源的な経験値のちがいがあるのです…例えばワシがよく授業で話すのは、
1/平面の六角形です 

2/平面の六角形に線が足されたかたちであり立方体のしるしでもあります 

3/こうなると複雑すぎてさらに多くのパターンに読めてしまいます

 同じ形から、違うものができる。平面表現には視覚的・文化的な約束事があり、これが理解できるということは、日常的にある種の視覚トレーニングを受けている証拠なのです。われわれが線で描かれたかたちから立体や空間を認識するのには、かなりの文化的な約束事が前提になっているのがわかります。ちょっと大げさに言いますが、これだけ抽象的な図像から、立体的なものごとを読み取るちからがある国民は本当に稀で、これには識字教育の充実が大きく影響しています。昨今では幼少期・小学校での英語教育について議論が多くなっていますが、数学も図学も国語もある種の言語教育だと仮定してみれば、楽しく学ぶ…と、言葉の響きは心地よくとも、雰囲気だけのコミュニケーションをやっている余裕はないのが実情です。共通認識の土壌が無くなってから再構築するのは、とてつもない努力がいるはずです。
 つまり結局、最後は想像力です。お互いの認識のずれや理解の開きは、想像することしかできません。「わかり合えて当然」ではなく「もしかしたら根源がわかりあえていないかもしれない」という懸念を常に持つことも必要です。それはわれわれのあいだにもあることですし、大人と子どものあいだにも、目の見えるひとと見えないひとのあいだにも、聞こえるひとと聞こえないひとのあいだにも、男のひとと女のひとのあいだにも、この国のひとと違う国のひとのあいだにも…ありとあらゆる価値観のあいだにある可能性です。「話題に出すこともけしからん」とか言う人もいますが、まほうの絵ふでは、ちがいを想像するところから始めてみようと思っています。

ー与えられる喜びよりも他人に与える喜びを知ることー
 想像力には歴史や経験を通じ、未来にあるべき姿を見いだすという役割もあります。「人の行動は、二段階で完成される。幼時には、いわゆるしつけや教育をして、人間としてこうであるべき基本を作るのである。しかし戦後の日本人はしつけを放棄した。しつけは封建的、保守的思想を強制的に植え付けるものだとして、頭から拒否する風潮があった。」これは作家の曽野綾子さんが小学館に寄稿された『賢い国民の幼い国家』と題されたエッセイです。良薬は口に苦いと言われますのでそのつもりで続きを。「(略)現在の日本人の多くは、私から見ると、その本質的な賢さや実年齢にもかかわらず、愚かで幼い一面を残している。『安心して暮らせる生活』を実現しろと政治家に要求するのもその一つだ。『安心して暮らせる』世の中など、いつの時代になってもあるわけがないことがわからない。」ひぃ〜っ。さらにはこう続きます。「教育には、強制の面と、自己の選択によって自由に興味を伸ばす面と二つがある。幼時から始める教育の大切さは、問答無用に、常識的な社会の規約に従わせることだ。幼児教育と、初めての体験をさせる場合には、強制の要素が当然加わる。挨拶をすること。人と付き合って、人間関係を知ること。人に迷惑をかけないこと。人間の命を絶たないこと。盗まないこと。感謝をできること。本を読み、学ぶこと。人生の苦悩に継続して耐える力を養うこと、などが幼時から行なう教育の特徴である。」
うーむ。たしかに当たり前のことばかりだが、問答無用に、か…ワシらもまだまだ甘いかの…
「その後に成人教育が続く。すべての教育責任は自分になる。教育するのは親でもなく、教師でもなく、社会構造でもない。従って教育も強制ではなく、自発的なものになり、自分を磨く者は自分だけになる。外界が悪い場合でも、強靭な個性があれば、それらを反面教師として使うことができる。」
なるほど。それはたしかにその通り。ノーフューチャーッ!とか叫んでる場合じゃないぞな。
「生涯に亘ってひたすら、謙虚に失敗を重ねつつ、自分で自分を教育するのが成人以後の教育だ。自分の意志を持つこと。一生に亘ってしたい仕事や研究を見つけること。社会の一員として自分を位置づける謙虚さと視野の広さを学ぶこと、などである。」ぬあ〜社会の一員。ワシなんか絵描きの道を選んでしもうたぞな…ぬぬ…「(中略)こうした残酷さを基本的に内蔵する人生を生きるには、やはり厳しさに耐える訓練と、哲学を学ぶことが必要なのである。快感を覚える方向が現在のところは間違ったままであることも問題だ。今、人々は与えられることだけを求める。魂の幼児性である。しかし真の大人は、与えられる楽しさと同時に人に与える幸福を知っている。与える充実感を若者も覚えなければ、心はいつまでも飢餓感に苦しめられる。受けるのに馴れると、人は『もっと与えろ』と叫び続けるからだ。この心理の流れを変えるのは、強固な自分を保ち、受けるばかりでなく他者に奉仕する充実感を知ることなのだが、与えることは国家に自由を売り渡し、しかも損な行為だと思う人たちが多い間はまず実現不可能だろう。」
 曽野先生、ありがとうございました…。なんつーか、ワシなんか耳が痛いぞな。皆さんはどうお考えになりますか?この辺りのこと、お互い想像力を駆使して考えてみませんか、頭から湯気が出るくらい…イマジーン♪。

2009年2月 フェルメールの立体模型

 フェルメールが見た(かもしれない)画像を子どもたちと一緒に見てみたい。そんな思いつきから始まったこの企画。ただそれらしき画像が見えたらいいなというところからのスタートでしたが、さすがに過去さまざまな伝説を作り上げてきた、体育会系のえふでプラス。その過酷さを例えるなら、おいしいご飯を食べたいと、田植えどころか田んぼを作る土地を選ぶところから始めた…ような感じです。これまでの活動の中でも、子どもたちの総合的な実力が本当の意味で問われる、指折りのハードで緻密な講座になりました。
 まずえふでが相談を持ちかけたのは、店舗デザインなどを手がける『ツマックデザインファクトリー』の妻倉慎司さん。3Dの製図図面を作成するため何度も打ち合わせを重ねました。フェルメールの絵の視線の角度を想定し、計算し、手直しを重ねること数度。たいへんだったのはフェルメールが、絵の中で遠近法をわざと無視していること。テーブルが傾いている、人物が異常にデカいなど、現実ではあり得ないことがたくさん出て来たのです。何度も身長の仮定を変えて図面を描き直し、最終的にすばらしいものを提案してくださいました。
 もうひとり助けを求めたのが中西真美さん。このかたは札幌市立高専を卒業して服飾の会社でクチュールのお仕事をされています。今回は牛乳レディーの十七世紀の衣装を再現すべく奮闘して下さいましたが、こちらもやはりフェルメールさまの絵画的な探究心のため、めちゃめちゃハードルが高かった…。一見、自然にみえる服のシワや流れ。実はフェルメールの目的が随所に隠されていて、なかなか再現が難しい。さらにこのレディの普通じゃない体格!マネキンの加工から見え方の確認まで、絵を何度も確認して進めていただきました。女子を中心とする縫い子チームもテキパキとなかなかの腕前。
 さて、今回の「絵画の解剖」校長的に総括いたします。われわれ凡人は、美術を学ぶ上で、天才の天才的な部分を分析して学ぶ「義務」があるのです。天才フェルメールは鼻をほじりながらなんも考えずにあの絵を描いたのかもしれません。しかし学べば学ぶほど、フェルメールの描いた絵画は、ただ一点の無駄も無く構成されており、しかもその論理的な構成に、なんの嫌味もないのです。例えていうなら長編小説の最初のエピソードが、読み進めていくうちに意味あるものだと気づき、しかも最後まで読み進めると、そのエピソードにはさらに深い意味が隠されており全く意外な結末へとつながって…そういった感じでしょうか。ですから牛乳レディーの背後の釘やらちいさな穴ぼこやらも、われわれ凡人が気付きもしない、深い意味が隠されているかもしれないのです。「まさかー」とお思いの方…それもごもっともです。しかしあえて申し上げます。あくまで可能性としてですが、フェルメールの絵画に対する理解には、われわれ凡人が、益川先生のノーベル賞の研究成果をまったく理解できていない…くらいのギャップがあることもあり得るのです。今回の「絵画の解剖」には、過去の偉大な画家に対する校長のリスペクトが込められているのでございます。セザンヌさまへとつながる近代絵画の組み立てが、この十七世紀の小さな絵画にすでに芽生えていること。漆喰ぬりのたいへんさも、カゴ編みの苦労も、紙粘土での瓶作りも、歪んだテーブル作りも、すべてそこへ続いているのです。  
 そしてぜひ書いておきたいのが、完成させた後、写真家・服部貴康さんがふと口にした一言。「えふでの子どもたちってもっと器用に何でもできるんだと思ってました」搬入までの三日間通して、活動を共にして下さった服部さんの率直な感想です。これまでのえふでの活動を知っている服部さんだから、みんなが特殊で特別なんだっていう思い入れがあったようです。実際、作業がもたついたり道具の扱いが危険だったりと、たぶん参加した全員が一度は叱られましたから、思い当たる節はそれぞれにあることでしょう。小6やら中1といえども、えふでのこういう場では一人の制作者として見られます。すげーとちやほや言われるばかりじゃなく、こういう厳しい期待のされ方も今後のがんばりへの原動力として、たいへんありがたい。えふでのすごいとこは素直に粘り強くがんばれること。ますます精進すべし!

2009年1月 歴史から探る

 今まさにこの瞬間われわれはさまざまなものの移り変わりの中に生きています。この10年間くらいのあいだほど、何もかもが大きく変わった時代はないでしょう。極端に言えば、少し前の世代が30年くらいかけて対応してきたような変化を、現代の子どもたちはこの2〜3年くらいの中で「そういうもの」として受け止めているということでもあります。携帯電話・ネット環境・そして写真。例えば写真は、このところの何年かでほぼ完全にデジタルへと塗り変えられてしまいました。もちろん好きでフィルムカメラをお使いの方も多いのですが、日常的な勢力分布では圧倒的にデジタルカメラが優勢です。初期の頃はメディアの容量が少なかったり、読み込みが遅くてじりじりしたり…みたいなこともありましたが、すでに何百枚、何千枚というレベルで、検索や削除も自由自在になっています。36枚撮りとかの限定された概念はもう過去のものでしょう。使わなくなった高級なカメラがおうちにあるという方も多いのではないでしょうか。もし写真のような強烈な変化が他のジャンルのものに起こったとしたらどんな感じでしょう?馬に乗っていたひとが車や蒸気機関車を見たときの驚きはすごかったでしょうし、「まさか馬を使わなくなる時が来るなんて」なんて考えたのかもしれません。同じように化石燃料・映像配信とか教育制度・国境?変わらないものなんか無いのかもしれませんが、想像を越えて大きく変わっていったとしたら…校長はついていけるのだろうか?うーん。
 やはり変化は、圧倒的に便利・早く・単純な方向へと変わっていくもののようです。逆は思い浮かばないですね…例えば剣術は、ずっと昔は木刀などで練習していたそうです。ですが木刀でも骨が折れたり、はては命をおとしたりとたいへん危険で、革の袋で竹を包んだものなどの工夫を経て今の形になったのだそうです。実際これはすごい発明で、これによりたいへん効率よく、そして安全に剣術を学ぶことができるようになったということですが、刀の持つ刃物としての意味は失われていったのだそうです。「真剣にやれ!」なんていいますが、真剣ってもちろん本物の刀のことですから、気をつけないと簡単に自分の足を切ったりするそうです。そりゃあ本当に真剣にやることになりますね。
 さて物つくりのケースではこんな例が。陶芸家の方に最近伺った話なのですが、薪の炎を使っての焼き物は、それはそれは大変なのだそうです。何でもそうですが、便利な機械、便利な装置がないときの工夫ってすさまじいですよね。特に登り窯での焼き物は、話を聞いているだけでも信じられないくらい過酷です。余熱のように窯全体を少しずつあたためるのに一日半(!)、じっくりと温度を上げたらそこから攻め焚き(!)として何日も休みなく火を燃やす。薪の用意、ずっと作業を続けるための食事や休む場所の用意、仕事をする人の働く時間の計画まで…炎自体の強烈さは、「見ているとこころが落ち着く」だとか、「わくわくする」なんて感じるような生易しいものではありません。1000度から、目標の1300度へと温度を上げていくのは知恵と工夫と努力の集積です。ガスや電気の窯が便利になっている昨今ならなおさらで、実際に窯で炎を使った経験がある人の比率自体が下がってきているそうですし、またそうなってしまうともともとの概念である炎を使って焼き締める、ということに対しての理解の深さにどうしても違いが出てしまうのだそうです。もちろんガスや電気の窯のように便利な道具のおかげで、ある意味重労働から解放されて制作に専念できるようになったともいえるでしょうし、安定した温度管理により、品質のばらつきがなくなったことも想像できます。しかし経験から生まれた窯という技術の工夫は、やはり体験しないと分からないもののようです。かんたんになった分実力が伸びる、と言えないのが難しいところですね。
 教育でも近年のゆとり教育を押し進めた寺脇研というかたは現場経験のない法学部出身でしたし、教育を語る有識者会議などでも調べたかぎりでは経済界のかたがほとんどを占めています。みなさんそれぞれ自分の信じる「良い教育」について語っています。しかし、抽象的な話になったり雰囲気で発言しがちですが、学校の現場は次々に伝えられる哲学とか方針とかできゅうきゅうで、それよりも、今このタイミングで何を教えるべきなのか絶句している…なんていう悲鳴が聞こえてきます。 なにもかもが移り変わりとか変化とかの中で揺れ動いていますが、だからこそ「もともと」について具体的に考えることが重要なのだと思うのです。そして美術を学ぶ子どもたちには「もともとってなんだ?」という歴史的な目線を忘れずにいてほしいのです。『しゃしんのなぞ展』を開催するのはそんな理由からです。写真が大きな変化の真っ只中にあり、今まさに写真史が変わろうとしているこの時期にこそ、子どもたちに知ってほしいことなのです。

2008年12月 冬のえふでプラス しゃしんのなぞ

 いつも校長は思うのだが、世の中の人はみんな才能とかセンスとか簡単に言い過ぎではないか?まずは何を考えているのかが大切だと思うのだ。いかに人と違ったことを考えているかが大切だとワシは思う。ただそれは変わったことや変なことを考えたもの勝ちという、世間一般がアーティストに対して思うこととはぜんぜんちがう。全く逆だと言い切ってもいい。あたりまえに思えることも深く深く考えているうちに、みんなが思っていることの逆の結果になるような…えふでの子どもたちは、そんな研究ができたらいいと思うのだ。例えば野球とベースボールのあいだには、もしかしたら、みかんジュースとオレンジジュースぐらいのちがいがあるかもしれないぞ。もちろんペインティングとフォトグラフっていういいかたもあるけど、絵と写真はどっちも英語でピクチャーともいうぞな。どうして同じいいかたがあるんだろう。そんなみんながぜんぜん気にしないことを、いかにみんなよりも深く考えるかっていうこともりっぱな研究だと思うのだ。いい写真って何だ?シャッターのボタンを押すだけで写るのに、どうしてじょうずな写真と失敗の写真ができるんだろう。プロっていってもボタンの押し方は変わらないはずなのに、どうしてそんなちがいができるんだろう。だいたいシャッターってなんなんだ?シャットするものがシャッターなのに、ボタンを押したら開くじゃないか!逆じゃん!なぜなぜどーして?不思議なのだ!なぞだらけなのだ! さて、今回はゲストだってすごい。大塚いちおさんは夏のロードアート「ツリー」のみんなのがんばりにいたく感激して、えふでのリクエストにこころよく応えてくれた!ジュニアの授業でプロのしごとの厳しさにふれるチャンスをつくってくれたのだ。あの「ただのいぬ。」の服部貴康さんだってデッサンコースに来てくれるとな。どれもかなりたいへんなプロジェクトになりそうなのだ。もちろんキッズだってたいへんぞな、暗室にはいらなければいけないのだ。暗いぞー怖いぞー、つーか赤いぞー(?)うーん。
 しかししみじみ思うにこんなに恵まれた子どもたちがほかにいるだろうか?少なくてもアートを学ぶ子どもたちとして、こんな経験ができるなんて日本中はもちろん…世界中にだってそんなにいないぞな。いいかね、スケートでいきなり三回転半のジャンプが飛べるなんてことはありえない。アートだって同じぞな。しかしえふでで学ぶ子どもたちは、努力を続けていつかすごい人になるかもしれない。そう、今年の冬のえふでプラスでは「しゃしんのなぞ」に挑むすごいやつを募集するのだ!

2008年11月 えふでからおとうさんへ

 繪筆新聞は、やや黄みがかった紙になっています。実はこれ、ずっと昔のイエローブックのなごりなのです。えふでの皆さんはイエローって聞いて「あ、予定表?」とわかってくださいますよね。過去のイエローブックには「絵ふでからお母さんへ」というコラムが連載されておりまして、あるとき予定表を見やすくする、使いやすくするというねらいから、「ミニ」サイズになって、スペースの関係でコラムがブログのほうに引っ越しました。しかしそのあと、やはり紙で読みたいです、という一部のファン(?)に後押しされて繪筆新聞が生まれました。ですからイエローブックミニって黄色くないのに変でしょう?今ではグレーの折りたたみ式になってますけれど、あれはもともと黄色の小冊子だったのです。その「黄色いイエローブック」を知っていること自体、そうとう長い会員なのですが、じつは人知れずひっそりと、たった一度だけ「えふでからお父さんへ」と書かれた号があったんですね。
 やはりつまるところ教育には家庭のちからが大きく作用します。どうしてもお母さんとお話することが多いのですが、おとうさんの存在感もすごく重要です。と、いうことで今回はめずらしくおとうさんに向けた記事の登場でございます。さて、おとうさんとお話しする機会はなかなかないのですが、えふでは「美術を通した教育」を行っており、それは「美術教育」とは微妙に異なっています。一般に美術=のびのび、とか、にこにこ・いきいき・わくわくとかいう実態の伴わないイメージでくくられがちですが、えふでの場合は制作としてというより教育としての取り組みですから、ルール・枠といったものがあります。そのルールや枠を伝えるにはどんな方法があるでしょうね。現実的にどんなやりかたが望ましいと思われますか。
 校長はいろんな業種のすごい人と会う機会があるのですが、みなさんある種の「鈍さ」を持っています。鈍さというのが失礼なら、打たれ強さと言い換えてもいいです。すばらしく鋭いナイーブさと、打たれ強いある種の鈍感さ。それはいうなれば「ほっぺとかかと」のようなものなのです。で、実は校長、近年の子どものナイーブさがすごく心配なのです。足の裏までキズつきやすくなってると、はだしで歩いて行けないじゃん…ってね。子どもはどんどんナイーブになってきているので、たとえば昔と同じように叱ったりするのは難しくなっています。生まれたての子どもが感じやすいのは当たり前です。赤ちゃんのかかとなんかフニフニですけど、ワシらは残念ながらあの頃にはもう戻れない。しかしからだ中のどこもがほっぺみたいだと、まわりも自分もたいへんです。ナイーブさのために内向的になったり、逆に外に向かって怒りを感じたり。世の中にはけっこう自分のナイーブさに開きなおったり、弱さを売り物にしたりという例もあって、そういうのはまわりがたいへん困ります。しかし、ちかごろの子どものナイーブさの原因には、われわれ大人の「理解してあげる・理解してあげたい」という願望が根っこにあるような気がしてなりません。キズつけてしまうことを必要以上に恐れたり、ナイーブなままであることを要求していたり、なんて。
 ちょっと極端に言い切りますが、本質的にひとは他人のことを理解することができません。校長はそう思います。結局、自分の経験に照らし合わせ、仮定して想像することしかできないのです。オトナに「お前のことを分かっているよ」といわれて、嬉しかったり、助けられたりしましたか?時と場合によるとは思いますが、校長はそういったオトナの歩み寄りが苦手だったので、頑固に立ちはだかるか、常識に背を向けるかどちらかでいてほしいと思っていました(「飛ぶ教室」の正義先生と禁煙先生みたいに)。オトナになってしまったわれわれとしては、本質的に「わかりあえないこともある」と考えるべきではないでしょうか。美意識を含む価値観を伝えたり、枠を伝えたりという行為にはそういう相互の否定と肯定がありますし、教育は本質的に強制を内包しています。ある意味「大人は判ってくれない」でいいのだと思います。
 校長は、子どもがおとうさんのしごとを知らなかったりすると、ちょっとがっかりします。「子どもも判ってくれない」なんてね。子どものことを理解するという一方向だけを心配してしまいがちですが、おとうさんのがんばっていることや考えていることを「理解させる」ことも大切なのだと思います。校長は子どもと違う価値観で前に立ちはだかることを恐れずにいきたいのです。オトナが上から目線なのは当たり前。どうしても理由を伝えたり、ほめてから否定したりといったワザを使いたくなるものですが、ダメなものはダメ!という理不尽さを恐れると、オトナから元気が無くなるように思います。ならぬものはならぬもの。理屈じゃないんだという勢いも時に大切です。ちょっといやがられることも覚悟の上で、どぉーんといきましょう。