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ゴースト…なにやら不穏なタイトルですが、おばけが出てくるわけれはありません。このことばには「おばけ、幽霊」という意味のほかに「残影」という意味もあります。今回のプログラムは、残された手がかりからイメージを想像する、探偵の謎解きのような絵画制作でした。
まずは、オランダの画家レンブラントの紹介からスタート。レンブラントは光の魔術師とも呼ばれるほど光の表現が特徴的な、17世紀を代表する画家。自画像を多く描いた事でも知られています。しかし最も有名なのはこの作品かも。
『夜警』という名前で知られていますが、本当の絵のタイトルは『フランス・バニング・コック隊長とウィレム・ファン・ラウテンブルフ副隊長の市民隊』とのこと。…長い。
それにしても、何をしている場面なんだろう?
この絵を見て分かること(=目で見えること)を全てことばだけで書き出してみます。
みんなは「夜警」を知らない人に、どんな言葉で説明しますか?
描かれている人数や、来ている服がどんなものだったのか、この中でも特に目立つ人はこんな人だ、など…。細かく見て行くとキリがないのですが、このような発見を重ねて行くと、どんな目的で、どういう場面を描いたのか、ただ見ているだけの時よりもより具体的な推理ができるようになるのが面白い。
そしてこれが次の制作につながっていきます。
1990年、アメリカのボストンにあるガードナー美術館で、レンブラントの絵画を含めた13点の美術品が盗まれるという、美術史上の大事件が起きました。被害総額はなんと5億ドルにものぼるとか。盗まれた絵も犯人も未だ見つかっていないという衝撃的な話に、ジュニアもびっくり。
フランスの女性アーティスト、ソフィ・カルは、この美術館のキュレーターや警備員、他の美術館スタッフに、盗まれた作品がどんなものだったのか、覚えていることを話してもらいました。そして元々作品があったその場所に、彼らの「言葉」を展示しました。なくなった作品の代わりに、毎日のようにそれを見ていた人たちの記憶を来館者に鑑賞してもらうという興味深い試みをしています。
その「言葉」を元に、どんな絵画だったのかを想像し、描いてみるというのが今回の制作です。盗まれた作品の中のひとつ、レンブラントの『ガリラヤ湖の嵐』を取り上げました。証言がどのような内容かというと…
嵐の中で船が激しく揺れていて、まるでもう一巻の終わりのようでした。そこには救世主もいて、彼らを助けてくれるのだと思います。/それは聖書の一場面で、救世主と使者の物語についての絵です。でも、私はとてもがっかりしました。船に乗っているのは聖書の通りに13人ではなく、14人だったからです。/これは私のお気に入りの絵です。なぜなら彼レンブラント自身が船の上にいるからです。/レンブラントは風に飛ばされないよう小さな帽子に手をあてたまま、鑑賞者を見つめています。/私は救世主が絵の中にいたような記憶はありません。キリストを見た覚えはない…/それは緑色の絵でした。でも金色でもあった。/混沌とした黄色や緑や青のあたりに、まぶしいほどの光が集中していました。
などなど。どうやら見る人によって内容が少しちがう。絵の見方は人によって様々で、印象や記憶はあいまいなもの。それをふまえて制作スタート!
証言を読み込み、具体的なイメージをつかみながら。
最初は迷いながら制作していましたが、描き込みが進むとより全体像がはっきりしてきたのか、自分なりのイメージや世界観と合体させて完成させていきました。
昔の画家は、聖書や神話、物語などの「言葉」から場面を想像して描くのが当たり前の仕事でした。レンブラントもそのひとり。言葉は、目に見える図像とはちがう道筋で人の中に入り込み、描き手の想像をかき立てるようです。
それでは…
最後にレンブラントの『ガラリヤ湖の嵐』を。
それにしても、盗まれたこの絵は今、一体どこの誰の手にあるのか?これもまた私たちの想像がかき立てられます。どうか無事に元の姿のまま美術館に戻りますように。