2010年11月 対談〜美術家という職業〜

 8月のmama部で出てきた素朴な疑問「アーティストで食べていくってどういうこと?」一時帰国したドイツ・ベルリンに住む若手アーティスト・谷口顕一郎さんに、ヨーロッパでの作家活動のリアルな話を聞いてみました。アートギャラリーや美術館との関係、さらに作品販売や値付け、マーケットでの流通や大きなプロジェクトの参加など…さらに海外生活の話、教育に関する話など、興味深い話が盛りだくさん。アーティストとして生きていくには相当、強い信念が必要ぞな!

谷口 顕一郎 TANIGUCHI Ken’ ichiro

1976年 札幌生まれ
2000年 北海道教育大学札幌校芸術文化課程絵画科卒業
2001年 第三回ADSP(Art Documents Support Program by Shiseido)/入選
2008年 第11回 岡本太郎現代芸術賞/入選
2008年 文化庁平成20年度新進芸術家海外留学研修/ドイツ
2009年 THIEME ART AWARD /ファイナリストにノミネート/アムステルダム、オランダ

校長  どうもご無沙汰です。もともとね、ケンには会って話をしたいなとも思ってて。ずいぶん活躍してるし。

ケン  いやいや

校長  いやほんとに。どうしてこういう形で話をしようと思ったかというと、mama部ってあるのよ。えふでっ子たちのお母さんたちと話す会なんだけどね、みんな子どもが将来どうなるのか心配でしょ?そんな話をこないだしてたら、仕事としてのデザイナーはイメージ湧くんだけど、アーティストってのは何なんですか?っていう疑問がね。だいたい「食べて行けるのか」とかさ、「看板を描くんですか」とか、いろいろ話があったところで、率直に「絵を売ってますとか言っても、売れてる話を聞いたことがない」って意見があったのね。実際にはいろいろあるじゃない?何かのプロジェクトだったり、建築物に関わってたりとか。その辺の美術の仕事の話をちゃんとできたらいいなと思って。

ケン  はい。


校長  まずはじめに、単刀直入に「どうやってお金を稼ぐんですか」

ケン  うーん…ぼくは、彫刻を売って、食べていますと…言ってるんだけど。

校長  はい。

ケン  だけど、やっぱり仮にね、大きい作品でも小さい作品でもポンポン売れたとしてもね、それってどうやったって波があるから。展覧会やってる期間にしか売れないし…そうじゃない時もあるんだけど…やっぱりそれだけだと、ぼくもどうしてもつらくて。

校長  うん。

ケン  ぼくの彫刻って、けっこう小さくても手間がかかるんですよ。それを最初、ギャラリー側は「ちっちゃいから安いだろう」って言いがちなんです。ぼくは大きいのを小さくしていくことでぼくの作品にしているのに。そういう時すげー困ったから、やむを得ず売れるシリーズを作ったんですよ。

校長  うん、うん。

ケン  写真をはめ込んだシリーズも売ってるし、紙をへこませたシリーズとか。ああいうのはポンポン、ポンポン作れるんですよ。彫刻はけっこう時間かかるんですが。

校長  なるほどね。

ケン  で、もちろんそれだけじゃなくて。例えば彫刻作品が「売れた!」ってなっても、そっから今度はギャラリーからいつお金が入ってくるか…ギャラリーが半分もっていくし。

校長  そうだよね。

ケン  あやちゃん(奥さん)も働いてて、それで家賃くらいは出るんだけど…でもなんだかんだいっぱいお金は使うんですよ。何でもお金はかかるし。

校長  そりゃあね。 

ケン  一時期はやむを得ず、助成金てのをもらったり。ぼくは運良く2年間もらえることになったんだけど、それで食いつなげなかったら…。今、この2つの大きなプロジェクトが決まって。

校長  こないだのオランダの司法省のやつと、ロッテルダムの歴史美術館のやつでしょ?

ケン  はい、はい。これでやっと今。

校長  よかったねー。

ケン  うん。

校長  でも、もしこれが決まらなかったらどうするつもりだったの?助成金なんかじゃ食べていけないじゃん。結果出なかったら帰ってくるつもりだったの?

ケン  んー…何もそれは考えてない、あんま考えてないね。

校長  へえー、何も? 

ケン  売れなかったら…ってこと、あんま考えてないな。もう「ぼくは売れる」っていう前提。(笑)

校長  はははは!そういえばさ、助成金の話は前にも言ってたよね。海外に行って暮らしてくだけでも大変なんだけどさ。どうしてもみんなこう、そこに行って生活するのが狙いになっちゃうから、なるべくお金を使わないようにしちゃうでしょ。倹約して倹約して…それも大事かもしれないけど、使うときは使わないと。作品できないじゃない?制作できないしね。

ケン  それ前に言ってたよね。そりゃあいいなあーと思ったから、ぼく…

校長  カメラ買ったんだって?

ケン  そう、すっごいよ!バーンって!めちゃめちゃいいカメラだよ。

あとカタログ作って。100何十万はポーンて飛ぶし。

校長  そんなに?

ケン  まあ、デザイナーとか、いろいろ関わってて。

校長  ちょうどさっき、ギャラリーから届いたんだよこれ。ケンのではないけど…こんな感じ?

ケン  ぼくのは前に見せたよね?あの横長の黄色いやつ。

校長  なるほどねー。で、そうやって金はバカバカなくなって、心配にはならなかったの? 

ケン  うーん。みんなはすごい、お金をケチってケチって、材料もすごい安いのを買ったりなあ…

校長  そうだよねえ。

ケン  ぼくはもう先行投資だって感じで。やればある程度までは売れるかな?ってとこまでは来てたから。やっちゃえやっちゃえ!みたいな。

校長  それで作品の値段は変わった?

ケン  ギャラリーは値段下げたいの。というかあんまり上げたくない。でも1個か2個売って何週間かしか生きてけないようなら意味ないから。

校長  そうなんだよなあ。

ケン  だから値段も、できるだけ、できるだけ上げてるって感じかな。

校長  どうしてもさ、商品作って売っていく仕事みたいになっちゃう。だけど、現代美術だからさ。ある種の「ゲームのルールを作る」みたいにしてね。作家にお金を投資してもらうっていうふうにしていかないと。

ケン  うーん。

校長  よくみんな「売るための商品を作ってる人」みたいに思うんだけど、その作家が作ったものとして、自分がある種のブランドにならないといけない。きちんとした仕事をするって社会的に認められていかないと。そこを勘違いすると「作った商品を売ってく人ですよね」ってなっちゃう。そこじゃないんだよなーって。

ケン  まあ…ブランドとしてっていう意識はあんまなかったけど…ただ、作品には付加価値がつくってことだよね、もちろん。じゃないと、作ったぶんだけ報酬くださいってのでは、やってけないから。

校長  そうだよね。

ケン  だからギャラリーとかで「高いんじゃない?」って話になると「いや高いわけじゃない」と。それを作った人や、それを作るのに関わった人たちに相応な分だけだと、誰の儲けにもならないじゃん。だからその値段を言うのは、ギャラリストの仕事でしょって。

校長  自分的には最近、売れてきてる実感はある?認知度とか…たとえば今回のとかはどうやって決まったの?ロッテルダムのとか。

ケン  うーん…とね。司法省の方は、ロッテルダムやアムステルダムのアートフェアとかで、ギャラリストがぼくの作品をいろいろ見せてたのね。そのときに、オランダ政府の美術と建築をコーディネイトするような仕事の人が、ぼくを知ったのね。「黄色い形かわいいね」とか、それはまあ、ちっこいものを。

校長  うん。

ケン  で、その後資料を集めたり何だりしつつ…今度、司法省でビルディングを建てることになったと。その時に、美術を入れたい、と。

じゃあどれにしようかっていうので、そのコーディネイターが10人くらいの資料を持って、司法省に行ったのね。「私の知ってるアーティストにはこういうのがいるよ」と見せて、その中で少しずつ排除されていくうちに、ぼくが選ばれた…っていう感じ。

校長  ふーん。

ケン  さいしょは、やっぱり、日本人だしとか…

校長  そうだよね?

ケン  何の関係もないじゃないか、という話にもなったんだけど。結局…まあ、何が良かったんだろうね?ぼく、凹みっていう作品だから、どこかで勝手に作った作品を持ってくるんじゃなくて、司法省と関係した作品をつくれるんですよ。そこもかなり有利な点ではある。

校長  あーなるほどね。

ケン  もう一つの歴史美術館の方も、オランダでいっぱいいっぱい発表しているうちに、歴史美術館の館長が見ていて…館長はぼくの「凹みマップ」を買ったのね。彫刻じゃなくて。その「凹みマップ」をもとに、こういう凹みをやってるやつだったらうちで何か歴史と関係したような展示できるんじゃないの?ってことになって、いくつか案を出して話をしていき…今に至ると。

校長  ふーむ。オランダのギャラリストのミリアムの力は大きかったの?

ケン  はい。大きかった、大きかった。

校長  それはどういう部分?

ケン  やっぱり見せてくれるし…もちろんぼくがいないところでもずーっとアートフェアの会場にいて、来る人にもう全部…いい人が来たら絶対逃がさないし。

校長  あははは

ケン  でももちろん、凹みっていう作品がないと何も始まらなかったわけで。

校長  「何でドイツなの?」って人に聞かれない?

ケン  うん、聞かれる。なんでって…たぶん、大学3年生くらいのときから、ドイツのグループ展とかに参加してて、ちょっとずつ知り合いがいたり。でも、何でドイツなのかと言われると…わかんない。ヨーロッパであればどこでも良かったのかな。

校長  向こうに行って、何か考え方とかは変わったかい?

ケン  んー…。もう、アジア人で、言葉も完璧じゃないし…

校長  うん。

ケン  …ぼくの存在意義っていうのはさ、作品つくるしかないんだよ。それは、変わった。はっきりした。どんなに人と会わなくても、喋らなくてもいいし、どんなに人にバカにされようが「ま、作品だけ良ければいいや」って。

校長  うーむ。

ケン  だから最初の頃はぼく、ドイツの自分のオープニングパーティとかで、その場に100人いたら100人と喋ってたんですよ。自分の作品を徹底的に説明したり。英語も上手になりたかったし。

校長  うんうん。

ケン  でも、2年、3年、4年経って今は…展覧会やったとしたらもうほとんど、ぼくはできるだけ顔出さない。お客さん来ても隠れてたり?(笑)

校長  はははは

ケン  「あー、もう早く終わってくれ!」って(笑)。「あとは作品に喋らせとけ」って思うようになれた。ぼくの仕事はほんと、作ることだけでいんだな、と。そういうふうに強く思うようになった。

校長  んんー、すばらし!

ケン  ほんと?(笑)2〜3年前からかな、ちょっとずつ姿勢変わってきた。逆に言うと、やっぱり知らない場所で、知らない人たちにずっと囲まれていると、何て言うかなあ…自分を保つものがないっていうか。

校長  うーん

ケン  精神的におかしくなっちゃうんだよな。いっぱいいるんだよ、そういう日本人だのアメリカ人だの何人だの、もう…

校長  まあねー。わかってほしいしね、自分を。

ケン  美術さえやってれば、自分は正しい。少なくても悪いことはしてないじゃんって。

校長  でもケンの作品はコンセプチュアルでしょ?

ケン  いや?全然。

校長  でもあれだけ見ても、「何からきてるんですか」とか、みんな疑問もつじゃん、特にドイツの人とかって。

ケン  うん。

校長  それは説明しなくても別にいけてるの?誰かがしてくれるの?

ケン  んー、誰かがしてくれたり…展覧会の時なんかぼくもうほとんど…見ての中で、わかるやつだけわかりゃいいじゃん、みたいな。

校長  でもわかんないでしょ、あれをパッと見ても。

ケン  聞いてきたら答えますよ。「ああ、こうなんだ!」ってものすごく感動したドイツ人とかは、その場にいる人たち全員に、誇らし気に説明してくれる。ぼくの代わりに(笑)

校長  はははは あるよねそういうの。理解する喜びみたいなのってね。

ケン  テキスト書いたり、資料作ったり、ギャラリーの人とかには徹底的に話しますから基本は。ある程度はちゃんとやりますけど、あとはぼくの仕事じゃない。聞かれたときだけ。

校長  まあ、ギャラリストもフィーの分だけがんばるしかないよね。

ケン  そりゃそう。5割ももってくんだからね。

校長  ケンの作品で何か、一度作品がデコレイティブになった時期あるじゃんか?この前、作品展も見に行ったんだけど…シンプルに戻って良かった気がする。潔い感じになったなって。

ケン  でも、ああいうことやったからシンプルになれたってこともある。ふつうにやってても、やっぱり変わりはしないよね。いろんなことやっていって、「失敗したな」とか、そう思わないと変わらなかったから、あれはあれでね。またなるかもしれないし(笑)

校長  そうだよなそれは。ああいう要素が必要になる時だってあるしね。

ケン  うん。

校長  ギャラリーやコレクターとかとのお付き合いの仕方とかは?

ケン  うーん…まあ、かなりがっちりした、ケンのこと応援してくれてるコレクターとか、ベルリンで有名なコレクターとか、そういう人とかとはつき合いたいなとは思うけど、そんなこっちからべたべたすることはない。見たいと言うなら見せるけど。

校長  作品を買ってくれた人の家に、アーティストは作品をかけに行くべきだと思う?そういう人も中にはいるのさ。

ケン  ぼくはそうは思わないけど。

校長  そうだよね。一番いいところで見てほしいとは思うけど、アーティストだっていつかは死ぬわけだし。そういう、作家のコントロールがきかないところに作品があるっていうのは事実だからさ。ケンは行けって言われたことはないの?

ケン  ほとんどないよ。言われても「やだ」って言う(笑)。でもぼくの凹みって、糸で吊ってるじゃん?複雑なやつで時々、行かなくちゃいけないことはある。

校長  どのくらいの値段で売ってるの?あの大きいやつとか。あんまり具体的には言えないだろうけど。

ケン  あの大きいやつは実はマケットで、これからあれをさらにでかくするんですよ。歴史美術館のために。その前にもスタディモデルのちっこいのを8個作ったんだよね。あれを買ってくれて。

校長  美術館に収蔵されてるやつ?

ケン  そう。8個で7000ユーロくらい。だから…80万とかそのくらい。半分はもってかれるけどね。

校長  そう考えたらそれほど高くはないね、実際には。プロジェクト全体ではどのくらい?

ケン  司法省の方は2000万くらい。今、日本円がぐっと強くなったから、最初に話をもらった時とはずいぶん違う。その中でぼくの取り分が450万くらい。残りが制作費。制作費がはみ出るなら、ぼくの取り分が減っていくんだ。

校長  交渉たいへんそうだね?契約書とか手続き的なことはどうしてるの?

ケン  司法省のに限っては予算は決まってるんですよ、最初から。オランダって慣れてるからそういうの。その点でぼく交渉はしてない。歴史美術館の方はぼくが予算と、見積もりとか全部決めて。ぼくも最初よくわかんないから、とりあえず高いけどいいや!って出すのね。彼らもまずは受け入れるんだけど「うーん、高い」って。オランダでケンがいちばん高いねって言われた(笑)

校長  はははは その後は揺れながら落としどころが決まっていく感じ?

ケン  まあ「こういうところもう少し削れないかな」とか言われたら、そりゃそうだと(笑)。別に変に、頑としてはねつけるとか、そういうことはない。

校長  ギャラリストはそこに入るの?

ケン  んー、だいたいは同席するんだけど、歴史美術館側も司法省側も、それを嫌がるんですよ、けっこう。ギャラリストが入るのを。

校長  つり上げられちゃうもんね、その分。

ケン  うん。だからミーティングの前にぼくはギャラリーに行って、ここはこうした方がいいよとか、いろいろ相談して。ぼく、ミリアム(ギャラリスト)はがめついやつだなと最初思ったんですけど、やっぱりお金のことぼくより10倍は詳しいから。いろんな税金のやりかたとか。

校長  なるほどね、やっぱりギャラリストの付き合いは大きいね。  
こないだプレゼンの時に「すごい突っ込まれる」ってのはそういうこと?何か青ざめてたことあったよね。

ケン  それはもっと…お金のことじゃなくて…技術の話とか…

校長  安全面とか?たしかに、大きいのは何トンとかって感じでしょ?

ケン  その辺のことも「どうなの?」って言われる。ぼく大きいのは自分でできないから、そういうのはぜんぶ、人にお任せ。ひとつの会社に全部。

校長  業者の話し合いみたいなのはどうやってやってるの?何社かに当たるの?

ケン  もう、最初から2トンくらいになりそうだっていう段階で、だいたいの会社は嫌がるんですよ。そんなのできない、やりたくないって。でも1社だけ引き受けてくれて…

校長  それ、もしどこも引き受けないって言われたらどうするつもりだった?(笑)

ケン  引き受けないって言われたら…もう知らない(笑)。それがすごい嫌だったの、会社が見つかるのを待つまでが、すごいつらかった。

校長  よくやってるなあ。
このところすごくいい結果が出てるけど、自分の判断というか、分析としてはどうなの?連戦連勝かどうかはわからないけど…

ケン  んー、いや、悪いことは人に言わないし(笑)もちろんいいことしか言ってないんだけど。

校長  (笑)

ケン  自分でこういうの嫌なんだけど、ベルリンでやっていけてるっていうのはすごく有り難いことだと思ってる。

校長  昔だったら「作品が魅力あるからさ」ってひとことで済んでたけど、やっぱりちょっと重たくなってきたよな、話が。

ケン  何でだと思う?あやちゃん

…あ、わかった。ぼくは今まで、作品が売れなかったら、それは自分の責任だから、売れる作品をつくろうと思ってきた。作品があんまり良くないなーって思えば、そんなのオレが悪いんだからいい作品つくるまでがんばればいいやって。そういう考え方だったけど。

校長  うん、うん

ケン  そういうふうに考えてたら、ぜったいいつかはうまくいくはずじゃないですか。「ベルリンで食えねえ」ってなったら、食うまでやんなきゃ。「いい作品できねえ」ってなったら、いい作品つくればいい。なんかいい展覧会にならない、いい展示にならないって…じゃあいい展示にすればいい。できないんじゃなくて、すればいいんだ。そういう考えでやってたら…

校長  あー、なんか今「いいこと言っちゃった」的なオーラが…

ケン  (笑)

そういうふうに思ったらさ、売れないなら売りゃいい、売れるもの作ればいいんだってね。それでももし、10年かかって売れないなら、20年かけて売れるもの作ればいいだけで。
そう、あとひとつ言いたいことがあったんだけど、ギャラリーに所属するじゃない?ふつうはそこで「よし!ギャラリーに所属した!」って、それだけで終わるんだけど、今度はそのギャラリーの中で勝負しないと。エース、もしくはせいぜい3本指。たとえばギャラリーで20人お抱え作家いたとしたらさ、どっかの美術館から「誰かいい作家いないか」と話が来た時に、やっぱりトップの2〜3人に入ってないと。

校長  話がこないよね。

ケン  うん。そこに上り詰めるのが、次の戦い。そこに上り詰めるには何が必要か…もちろん売れるっていうのは必要だけど、常にベストを尽くすとか、お客さんの反応がいいとか。ギャラリストってさ、お客さんの反応すごくよく見てるから、お客さんが大喜びしたら嬉しいんだよ。そういうので上っていく。だからギャラリーの3番以内になったら、別に有名ギャラリーにいかなくたって…

校長  とりあえずはね。まずその所属してるチームの中でトップとらなきゃ先がないね。

ケン  さらにそのギャラリストのトップに昇りつめたら…次はギャラリストと一緒に上っていけばいいんだ。

校長  お互いにね。どこでもそうだよな。なんかこないだ日本のニュースでね、研究してる予算をつける・つけないって話があってね。コンピューター業界ってすげお金かかるでしょ?そこで「何で1番じゃないとだめなんですか?! 2番じゃダメなんですか?! 」ってさ。ダメに決まってんだろそんなもん!って。

ああいうのって最初に権利とっちゃわないとダメじゃない?でも美術とかってそうじゃないとみんな言うでしょう。個人の自己表現なんだから、順番つけちゃいけないとかって。

ケン  ああ、順番つけてほしい。ぼくねえ…美術って、点数つけてほしい。

校長  わははは

ケン  たとえばさ、村上隆が10点だとしたら、おれが6点だとするでしょ?そしたらおれ、7点になるようにがんばれるよ。で、次に8点とって、次はよっしゃ!9点とってやる!ってできるもん。10点になったら村上隆と並んだってことになってさ、わかりやすいでしょ?

校長  でもその点数は「だれがつけるか」が問題だよ。

ケン  だれがつけるか。うん。

校長  自分の中ではあるだろ、ベリーベストとか、セカンドベストとかさ。そういうフィーリングとか、歴史的な意味だったりとかがさ、みんなわかんないでしょ。もちろんわかる人もいるけどね。…ていうかわかってるかい?まわりは、そういうの。

ケン  美術のことは…うーん、変なアーティスト取り上げたりね。

校長  ただ、そっちの人たちってパッションはあるよね。見てくれる人の反応はおもしろい。いいと思ったら「すっごいぞ!」ってね。巻き舌で「シューパーッ!!」「エクセレント!!」みたいなさ。反応がビビットで面白いよね。

ケン  うーん。今、札幌でやってるけど、それはそれでおもしろいよ

校長  教育についてはどう?

ケン  教育について…子どもの…うーん。ちゃんと、教育って、ルールを覚えるっていうか、それはぜったいに必要だと思う。

校長  それ美術の話?

ケン  そう美術の。ていうか全部そうだけど…大事なことなんだなーって。それやらないで、何でもありの美術しか知らない人って…絶対に何年かやったら自分が何していいのかわかんなくなってる。100%やめちゃうんだと思うな。

校長  それは日本人のこと?海外でもいっしょ?

ケン  ううん、どこでもいっしょ。逆にドイツの方が、なにやってもいい何でもありの美術教育を受けた人は、何やったらいいのかわかんなくなって、「何でもありなら何でもいいじゃん」って。その辺のもの壁にかけて「これもアートですか?」みたいな、そんなんでしょ?だから…

校長  ケンは、もともと…学校教育…不良じゃん?(笑)

ケン  でも…やっぱ今でも尊敬するよ、勉強できる人って。いい学校行った人とか…たとえば東大行った人なんて、もうそれだけで尊敬する!だって、ぼくらが遊んでる時に、我慢して勉強できたってことでしょ?

校長  (爆笑)

ケン  その我慢?それはちゃんと評価されるべきだと思う。

校長  それはそうだね(笑)たしかに。努力してるのを評価しないのは卑怯だよね。

ケン  そう、卑怯!お医者さんとかだってすごいと思う。間違いなくぼくよりすごい。その点でいえばね。

校長  もし高校生のケンが目の前にいたら、今なら何て言う?親が困ってね、「何か一言いってやってください」とか頼まれたら。

ケン  んー…いやー、ほんとに…

校長  あ、変な汗かいてる(笑)

ケン  ほんとに…ぼくみたいな子だったら、他の人に何か言われても聞かないから、何の意味もない。自主的に何か見つけるまで待つしかないのかな。ぼくの場合もやりたいなあと思ってやってくうちにエネルギーがそっちに行くようになったから良かったけど…それは自分で見つけたから。誰かにやれって言われたわけじゃないからね。

校長  そうやって言うとね、不良は不良で素晴らしいんだ!って言い出す人も多いよね。でもそれはちがうじゃない?

ケン  ちがうよ!

校長  悪いことやるってのはさ、悪いことっていうアピールをしてるんだからさ、そこを認めたらもうダメじゃん?…ってこんなこと載せちゃっていいのかな、webとかに。

ケン  ん?いいよ。ぼくのことは、品行方正な…(笑)そしてあとは、覚悟。覚悟の問題は大きい。やっぱり美術家でやるって覚悟した人は、もう後がないからさ。そういう時は強くなるかもしれない。それで良くなるかどうかは知らないけど。

校長  うん、そりゃまた違う問題だろな。(笑)しかし、そう聞くと大人になったなケンも。いや変わらないかな?語学に関してはどうなの?プレゼンとかそうとうできるようになった?

ケン  ドイツ語はぜんぜん。日常の買い物とかくらいならどうにかだけど…ほとんど英語。プレゼンの資料とかテキストとかは、自分で書くよ。

校長  へえー、成長したな。ていうか商売だからやるしかないんだよなそれも。

ケン  そう、やるしかないんだよ。しょうがないの。

校長  今の大きなプロジェクトのができるのはいつ?

ケン  司法省の方は2011年の10月にビルディングができあがって、ぼくのはそっから。ロッテルダムの方は2012年の春から。

校長  うーん。楽しみだね。見に行くよ。お互いがんばろや。