「わだばグロピウスになる!」「子どものためのバウハウスを!」
…って唐突でしたが、えふでがこの後どこへ進むべきかを考えるとき、常に頭に浮かぶのは、かのバウハウスであり、ベネトンの研究所ともいうべきファブリカであり、ユーフラテスをはじめとする佐藤雅彦研究室の関係機関です。
もちろんえふでは子どもを対象としたアートスクールですから、それらの研究施設と同じように専門家の育成や、社会に表現そのものを投げかけるという方向だけに進むべきではないと感じています。しかしそこに共通している、「理解」や「表現」について根源から真摯に考える場であるという点は、最大限に参考にすべきだと思っています。
本来、美術に必要なのは人類に対しクリエイティブがどう応えていけるかというビジョンです。その意味で美術教育は面白いものをつくる・個性的なものをつくるということがねらいなのではなく、あるべき理想の姿を模索する中で、新たな表現方法やコミュニケーションの方法を問い直すものであるべきです。で、「子どものためのバウハウスをやりたい!」なんていうと、子どものアートの教育にすごく燃えてるんだとみなさん思われるでしょうが…ちょっと違うんです。えふでが考えているのは、究極には教える側の研究であり、実験ともいえるのです。結局何をするの?という方もいらっしゃると思いますので、参考として2002年にノーベル科学賞を受賞した田中耕一先生(島津製作所・田中耕一記念質量分析研究所長)のインタビューを引用します。長いですが、教育について重要なサジェスチョンがありますので、子どもたちの、そしてわれわれ大人がどうあるべきなのかぜひ一緒に考えましょう。
今までの日本というのは不良品を絶対に出してはいけない、失敗することは絶対に駄目ということでやってきた。それが日本の製品の信頼性の高さにつながり、特にアジアの方々からは非常に高く評価されている。これ自体もまだまだ伸ばす必要はあるが、今、日本というのは世界の最先端を走れる部分がたくさん出てきた。だから、これからの日本というのはだれも試したことのないことに挑戦し、あるいは独創を育むことが必要ではないか。そのためにたとえ失敗してもいい、それが新しいことにつながればいい、という感覚で取り組まなければならないと思う。大人はよく子どもに「夢を持たなければならない」という。そこまで大人が仕向ける必要があるだろうか。私自身、別にこうしたいという夢を持っていたわけではない。会社には悪いが、どちらかというと好奇心と、何かに貢献したいという実に漠然とした、かつ人の生きる根幹にかかわる思いしか持っていなかった。「夢を持たなければならない」と言わせているのは今の大人ではないか。「私たちは失敗した…。今の日本はこんなていたらくだ。子どもたちには夢を持って前に進んでほしい。」と。何かみんなが子どもたちに重い重い期待をかけ過ぎているのではないか、という気がする。しかし、実は私と同時にノーベル化学賞を受賞されたジョン・フェン先生はついこの前亡くなられたが、この方は60歳を過ぎて、新しいことを発明された。別に若いからできる、年をとったからできないというものではないと思う。今の例えば30代、40代、50代、あるいは60代でも70代でもいい。私自身に対しての叱咤(しった)激励でもあるが、もう少し自分たちでできることをやりなさい。日本というのはまだまだできることがたくさんある、と大人に対してもメッセージを送りたい。
(「日本にできることはたくさんある」サイエンスポータル より後半部抜粋)
ロードアートなどを見ていてもお分かりのように、えふでの活動は子どもだけではなく、大人も必死にがんばる場です。国内でも一流のクリエイターたちが、子どもとともに新たな表現を考える場。それをひとつの理想と考えます。数学者の藤原正彦先生がおっしゃっているのですが、学問は(数学のように?)役に立たないものほど尊い。先生曰く「ケンブリッジ大学でも、つい近年までは工学部というのはなかったんですよ。すぐに役に立っちゃうから。そういうものは学問と見なさないんですね。」その500年くらい経てば人類の役に立つのかも知れない…というようなものをどのように価値判断するかというと、主に美しいかどうかなのだそうです。
すごいクリエイターといえども、子どもと一緒に新たな価値観について考えるためには、物事を極限まで分析し、シンプルなところまで要素を削ぎ落すという作業が要求されます。その過程で新たに見つかることも多いでしょうし、子どもたちは常に新鮮な気持ちで大人と対面し、表現の可能性を発見することができます。面白いものをつくる、個性的なものをつくるということがねらいなのではなく、理想の姿を模索する中で、新たな表現方法やコミュニケーションの方法を問い直していきたい。今回のロードアートでの子ども撮影班の取り組みについて小林三旅さんのレポートにもあるように、新たな表現が新たな価値観を拓いてくれる…これからのアートを通した教育には、そんな可能性を感じています。