2011年12月 こども³展

まほうの絵ふでが贈る2012年冬の展覧会「こども³展」。 こども³と書いて「こども参上」と読みます。自由のびのび大反対!という、泣く子も黙る全国指折のいかれたアートスクールとタッグを組むのは、ご存知「写真家の服部貴康」さんと「映像ディレクターの小林三旅」さん。子どもについて真正面から考えて、先入観や、過度の期待、神格化や理想像などなど…子どもについてのありきたりのイメージを一枚いちまい剥いでみようではないかという試み。ドキュメンタリーの世界で活躍するふたりが、今後の我々にどんなヒントを与えてくれるのか乞うご期待!

<展覧会に向けて 小林三旅さんからのメッセージ>
 えふでの先生は、子供を子供扱いしないというか、それぞれの先生の感性に照らし、上手い下手ではなく、何かそれぞれの人としての力を認めるような、そんな評価を子供たちの作品にしているように思います。

 「人としての力」は「個性」とも言い換えられるのかもしれませんが、個性という言葉が併せ持つ放任的なものとも違う、教育者としてのしっかりとした基準をそこに感じます。子供と大人を別の人種ととらえず、お互いの関係がよどみなく流れつながっているのは、子供は身体的に成長の過程にある未成熟な人間である、という当然のことを先生たちが現場ならではの肌感覚で知っているからではないでしょうか。

 「こども」という言葉は、実は、とても曖昧に使われて続けていると思います。

 自分の内面を見つめても、どこまでの時期が子供で、いつからか大人なのか、まったく判断がつきません。よく考えるとそんな簡単に自分の中で分別されるものではないでしょう。「こども」はかつての自分そのものであり「こどもらしさ」というのは失われるものではなく、いつの間にか人の中で眠らせてしまうものなのだと思います。そして、大人になった私は子供の私をすっかり忘れ、まるでそんな時期がなかったかのように子供について考えることはなくなります。大人になると先生や保育士にでもならないかぎり、日常の行動の中に子供はなかなか登場しませんし、例え親になったとしても、子供といえば自分の「子」であり、広く「こども」を見つめる機会は相変わらず多くはありません。

 このところ、何度かえふでのイベントに参加させていただき、いまどきの多くの子供に接して思ったことは、自分の中で「こども」というものを、こうゆうもんでしょ、的な抽象的な存在にしていたということです。イベントや授業で接した子供たちは、私にあった抽象的な存在以上にとても賢くて、自分の考えもしっかり話すことができ、ひるむ事無く大人と接していました。なんだか自分の頃の「こども」とずいぶんと違うような気がしたのです。私は団塊ジュニア世代でつめこみ教育ど真ん中、ひどく窮屈だった思い出があるからでしょうか。それともただバカだっただけなのか。

 そんなえふででの体験から、今回の企画で、肌感覚の子供像というものを自分なりに確かめてみたいと思うようになりました。
 私は映像の仕事、特にドキュメンタリーを中心に活動しているので、インタビューという手法で子供に入りこみたいと考えます。インタビューは受ける人の考えを両者で引き出していく作業です。大人でもこうしたやりとりできちんとした発言をすることは難しいのですが、今回はあえて子供たちに、生命や人生にまつわる様々な根源的な問いかけをしてみたいと思います。実際そうした問いかけに答えがあるはずはないのですが、子供と大人の間にあるぼんやりとした壁を越えて共有できる言葉が見つかったとき、「おとな」にとって「こども」とは自分の一部であり、目の前にいる子供たちを、成長の差はそれとして認めつつ、対等な人間であることに変わりないことに気づかせてくれるのではないかと思っています。

<展覧会に向けて 服部貴康さんからのメッセージ>
 「こども」とは、とあらためて考えてみるとあんがい難しい。結婚もせず、「こども」のいない僕にとって「こども」のことを考えてみる材料は「自分がこどもだった頃」を思い出してみるか、または、自分が出会った「こども」について思いを巡らせてみることくらいしかできません。

 「自分がこどもだった頃」について思い出すのは、小学校5年生あたりのことでしょうか。へたくそだったけど少年野球をやっていました。監督は明らかにへたくそで戦力にならなかった僕を「ライトで9番」で使ってくれていました。今考えてもなぜ試合に出られていたのかわからないのですが、内野ゴロのたびにファーストの後ろまでカバーのために走っていました。僕にとって野球の試合とは、ただひたすらにライトからファースト後方までの往復を意味していました。そして少なくとも「この行為が自分の人生にとってどんな意味があるか」とか「自分のやっていることが社会に対しどんな影響があるか」など、今なら考えそうなことは、あまり深く考えていなかった気がします。

 それ以外だと、生まれた町が金魚の産地だったので、近所にいくつも金魚の養殖池があり、朝から晩までトンボやザリガニ穫りをして過ごしていたことでしょうか。それより前の記憶は、本当にもう断片的にしか浮かんできません。少なくとも本人にとって「こども」とは「大人」になると忘れてしまう記憶や経験の集積でしかないのかもしれません。そう考えるとなんだか切ないものですね。

 気がつくと「こども」の写真をたくさん撮ってきました。たとえばルーマニアやアルバニア、アイルランドやインドなどカメラを持って観光客も来ないような田舎町をうろうろと歩き回っていると、数分後には僕の後ろに見る見るうちに子供たちの行列ができ、「ハーメルンの笛吹き男」状態となります。まったく一文字たりとも言語を共有できない他者、つまり外国で出会った「こども」たちとの「言葉なき対話」を、僕は数え切れないほど経験してきています。

 そこから得た僕なりの身体感覚的な「こども」観があるにはあるのですが、「こども」は、世界中のどこへ行っても変わらない存在なのかもしれないし、やっぱり風土や歴史に否応なく影響を受けている独自の存在なのかもしれません。

 そういえば沖縄に住む友人の「こども」を、生まれてから10年くらいずっと写真に撮っています。家族ではない人間が、一人の「こども」を記録していくのはちょっと面白いのではと思っているのですが、彼女はいつから「こども」でなくなるのでしょうか。今回の企画で「こどもとはなにか?」とあれこれ考えを巡らせてみているのですが、鈍感な僕は、彼女が「大人」になる瞬間を見逃しそうな気がしてなりません。