フェルメールが見た(かもしれない)画像を子どもたちと一緒に見てみたい。そんな思いつきから始まったこの企画。ただそれらしき画像が見えたらいいなというところからのスタートでしたが、さすがに過去さまざまな伝説を作り上げてきた、体育会系のえふでプラス。その過酷さを例えるなら、おいしいご飯を食べたいと、田植えどころか田んぼを作る土地を選ぶところから始めた…ような感じです。これまでの活動の中でも、子どもたちの総合的な実力が本当の意味で問われる、指折りのハードで緻密な講座になりました。
まずえふでが相談を持ちかけたのは、店舗デザインなどを手がける『ツマックデザインファクトリー』の妻倉慎司さん。3Dの製図図面を作成するため何度も打ち合わせを重ねました。フェルメールの絵の視線の角度を想定し、計算し、手直しを重ねること数度。たいへんだったのはフェルメールが、絵の中で遠近法をわざと無視していること。テーブルが傾いている、人物が異常にデカいなど、現実ではあり得ないことがたくさん出て来たのです。何度も身長の仮定を変えて図面を描き直し、最終的にすばらしいものを提案してくださいました。
もうひとり助けを求めたのが中西真美さん。このかたは札幌市立高専を卒業して服飾の会社でクチュールのお仕事をされています。今回は牛乳レディーの十七世紀の衣装を再現すべく奮闘して下さいましたが、こちらもやはりフェルメールさまの絵画的な探究心のため、めちゃめちゃハードルが高かった…。一見、自然にみえる服のシワや流れ。実はフェルメールの目的が随所に隠されていて、なかなか再現が難しい。さらにこのレディの普通じゃない体格!マネキンの加工から見え方の確認まで、絵を何度も確認して進めていただきました。女子を中心とする縫い子チームもテキパキとなかなかの腕前。
さて、今回の「絵画の解剖」校長的に総括いたします。われわれ凡人は、美術を学ぶ上で、天才の天才的な部分を分析して学ぶ「義務」があるのです。天才フェルメールは鼻をほじりながらなんも考えずにあの絵を描いたのかもしれません。しかし学べば学ぶほど、フェルメールの描いた絵画は、ただ一点の無駄も無く構成されており、しかもその論理的な構成に、なんの嫌味もないのです。例えていうなら長編小説の最初のエピソードが、読み進めていくうちに意味あるものだと気づき、しかも最後まで読み進めると、そのエピソードにはさらに深い意味が隠されており全く意外な結末へとつながって…そういった感じでしょうか。ですから牛乳レディーの背後の釘やらちいさな穴ぼこやらも、われわれ凡人が気付きもしない、深い意味が隠されているかもしれないのです。「まさかー」とお思いの方…それもごもっともです。しかしあえて申し上げます。あくまで可能性としてですが、フェルメールの絵画に対する理解には、われわれ凡人が、益川先生のノーベル賞の研究成果をまったく理解できていない…くらいのギャップがあることもあり得るのです。今回の「絵画の解剖」には、過去の偉大な画家に対する校長のリスペクトが込められているのでございます。セザンヌさまへとつながる近代絵画の組み立てが、この十七世紀の小さな絵画にすでに芽生えていること。漆喰ぬりのたいへんさも、カゴ編みの苦労も、紙粘土での瓶作りも、歪んだテーブル作りも、すべてそこへ続いているのです。
そしてぜひ書いておきたいのが、完成させた後、写真家・服部貴康さんがふと口にした一言。「えふでの子どもたちってもっと器用に何でもできるんだと思ってました」搬入までの三日間通して、活動を共にして下さった服部さんの率直な感想です。これまでのえふでの活動を知っている服部さんだから、みんなが特殊で特別なんだっていう思い入れがあったようです。実際、作業がもたついたり道具の扱いが危険だったりと、たぶん参加した全員が一度は叱られましたから、思い当たる節はそれぞれにあることでしょう。小6やら中1といえども、えふでのこういう場では一人の制作者として見られます。すげーとちやほや言われるばかりじゃなく、こういう厳しい期待のされ方も今後のがんばりへの原動力として、たいへんありがたい。えふでのすごいとこは素直に粘り強くがんばれること。ますます精進すべし!