2010年4月 愛される人になれ!

 我が子の将来はどんなふうであって欲しいですか?これについてはお父さんお母さんにぜひ3段階の質問をしてみたいですね。①究極の理想「例えばノーベル賞、世界チャンピオン。…大統領とか?」。②マストの理想「最低でもこのくらいの能力は身につけて欲しい」現実的に大人としてこのくらいのことは…という理想。③2つの理想の中間にある、実現の可能性が相当高い夢。いかがですか?
 ということで説明させていただきますが、えふでで学んだからといって、特にデザイナーやアーティストになる必要はないと思うんです。いや、もちろんなりたい人は一生をかけて取り組めばいいのです(アーティストはなりたいひとがなるのではなく、表現すべきことや、証明すべきことがあると強く感じる人がなるべきだと校長は思っていますが)。で、えふでが行なっているのは「美術を通した教育」であって、「美術の教育」ではない。これは改めて認識していただきたいことなのですが、このふたつの間にはあまり違いがないように見えて、実際はかなり違います。後者の「美術の教育」を行なうことができるのは、だいたい14歳頃よりあと。自己に対する客観性が生まれてからです。一方、えふでが行っている「美術を通した教育」は、もっと総合学習に近い。お医者さん、弁護士、学校の先生、メカニック、消防士、レーサー…職業は何であれ、考えたことを他人にまっすぐ伝えることができ、問題解決のすじみちを考え、ひらめきがあり…やはりアイディアのある人になって欲しいという思いが校長には強くあります。
 校長は、えふでの子はまわりから応援され、期待され、愛される人になって欲しい!しかしそういいながら、考えれば考えるほど混乱してくる時もあるんです。例えば、愛されるってどういうことなんでしょうか。子どもは愛されて生まれてきて、愛されて育てられいるうちに…いつのまにかずんずん大きくなっていきます。たしかに子どもはかわいいのですが、問題は子どもらしさによる愛され方の段階を過ぎてからでしょう。思春期を過ぎて、大人になって仕事をするようになっても、いかに他人に愛され続けるか。そこで、少しそこを掘りさげて考えてみることにします。
 子どものことをかわいいと感じる理由のひとつとして「ベビーシェマ(ベビースキーム)」と呼ばれるものがあるのをご存知でしょうか?ベビーシェマとは子どもの姿形の特徴のことで「刷り込み(imprinting)」でノーベル賞を受賞した動物学者のコンラート・ローレンツ先生の理論…だったはず。子どもの姿かたちの特徴とは「大きな頭」「丸い頬」「目と目の間が離れている」「目鼻立ちが低い位置にある」顔。「丸くてずんぐりした」体形のことを指します。だれですか、「ウチのおじいちゃんもそう」とか言ってる人は!そういった特徴満載の1歳児くらいの赤ちゃんを見ると、誰でも「何かしてあげたい」という保護本能が働くのだそうです。つまり、「赤ちゃんを見る」→「可愛い」→「何かしてあげたい!」というヒトの一連の行動/感情ですね。一番愛らしく感じるのは「大人による庇護」が一番必要なときで、それがちょうど歩き始めの1歳ぐらい。好奇心旺盛で行動範囲が広がるのに、自分では危険を察知することがまだできないので、親がほったらかしにすると結構危なっかしい!ってときなんだそうです。ですから、そういうベビーっぽい部分がいくぶんか残っているキッズの子どもたちも、大人にそういった気持ちを抱かせる場合が多々あるわけです。手先のおぼつかないところは、なんといいますか…体育会系でビシバシ厳しいえふでといえども、やはり「手伝ってあげたい」と思っちゃうこともたまにあるわけです。しかし、問題はそのあと。成長により、子どもらしさが外見から消えたあと、この子はどのようにして愛される存在になるべきなのか?子どもらしさが消えてからはっと我に返り、できない自分に気がついて右往左往したって遅いわけです。やはりひたむきに努力の方法を身につけて、まわりから応援され愛される存在になってほしい。そんな思いもあって校長はいつも、子どもに子どもらしさを求めていないか自問自答し続けています。
 ワシもいまだに結論は出せないのですが、大人になっても愛され続けるためには…他人が感じていることに対する想像力が不可欠なんじゃないか?…え、ワシ?ワシ自身は愛されるどころか、ただ面倒な人!うはは!しかし絵を描き続けて、価値観について考え続けてこれたのは大きかったように思います。人の痛みとか、喜ぶことががわかるってのはつまり…人がどういう感情を持つのか、その過程をリアルに想像すること。想像力ってひと言でいうけど、例えば古典や他人の経験からもいろいろと学ぶこともありますよね。テレビや映画だって感情をうまく喚起させる。けれどやはり…自分がつらい目に遭ってみないと、ほんとのとこではわかんないだろうなとは思います。そういう経験をありがたいって思わなきゃ。それまで培ってきた自分の基盤をぐらぐらと揺さぶるような経験…例えば他者との違いや落差を感じたり、温度差のようなものに気づく経験が、どこかで必要なんだと思います。美術を通した教育で、自分を知り、他者を知る。そんなことを全体の大きなねらいとして、2010年度もがんばりましょう。