2010年6月 苦労なくして成長なし!

 えふでは「苦労なくして成長なし」と言い続けていましたが、いざ脱ゆとり宣言が出ると、これはこれで心配ですね。なぜかというと前提の話がないから!ストレスやら苦労やらを子どもから取り除くべき、という考えそのものを変えないといけないのですよ。電卓で計算が得意になるわけないし、インターネットでコピペって、勉強じゃありません。だいたいからして便利なものを使って実力がつくわけはないでしょう。興味のあることなら何を聞いても覚えちゃうような時って、誰でもあるはず。そんな伸び盛りにがんばらせなくて、いつがんばらせますか?例えて言うなら、痛いならやめていいよ、無理しなくていいよ、やりたくないならやらなくていいんだよ…というリハビリの先生ってちょっと困るじゃないですか。ほめようが、おだてようが叱ろうが、まず、できるようにするために、どのくらい負荷をかけてがんばらせるかが大事でしょう。やらなきゃいけないことは結構はっきりしているはず。…で、改めて思ったこと。「子どもを否定してはいけない」「のびのび自由に…」って、やっぱり大筋で間違いじゃないでしょうか?うーむ…間違いってゆーのがちょっと言い過ぎなら、理想と現実をどう見るか、といったことかもしれません。その辺の認識をあいまいにして、脱ゆとり宣言って…ますます混乱するのは目に見えてます。具体的に何がよくて何を改善するべきなのか…ま、そいういう方向の宣言はなかなかできないんですけどね。
 実は美術なんかはもっと極端です。上の世代の指導者が、ほぼ全員「子どもをほめて伸ばせ」「子どもの自発性を育てよ」と主張しているのを見ながら、校長は「たしかに正論。でも、どうやったらいいのだろう?」と疑問を感じ続けてきました。ワシがえふでの責任者になって対面した現実は、ほめられた子どもたちは嬉しそうだが、その喜びが意外と表面的なものである時も多いということ。安易にほめられることに慣れてしまうと、それはそれである種の不幸です。ほめられることがひとつの目的になり、本来の学びにあるべき根源的な事柄を取り間違えてしまいがち。制作に深く入り込んで本質をつかむ喜びを知らず、「やりかたを教えてくれればできるのに」「こんなにがんばったのに」と表面的なことを気にする…そんなやりかたで果たして子どもが伸びるのか?現在のえふではそういう疑問からスタートしたと言えます。
 で、ワシが決めたのは、よくないものはよくないと(きつくじゃなくて)はっきり伝えること。大人のワシらは、何でもやってくれる子どもの召使いではない。自分でできることはなるべく自分で。制作だけではなく片付けも自分でする。もちろん、本人がそれまで以上のがんばりを見せたときは本気でほめる。成長に必要な健全なストレスを与え、自分が「できた」という実感を持たない限り、伸びるチャンスはなかなかやってこないように思えるのです。
 それと「伸びる」主役は子ども自身であることを勘違いしないようにしたいとは思っています。彼らが勝手に伸びるのであって、本質的には指導する側が伸ばしているわけではないんです。ワシらがいろいろな工夫をして、できる限り成長するように仕向けることもできますが、本当の意味での成長はあくまで本人次第。単純明快にいうと、自分でやろうとするからできるようになるのであり、美術を通した教育とはそういうものに過ぎません。教える側はあくまでもきっかけを与え、チャンスに気づかせたりするだけです。
 話はそれますが、現在は大学で教鞭を執るかつての学友からこんな話を聞きました。実は最近は大学生の不登校がなかば現実化してきているのだそうです。講義では歩き回るし、私語もメールもやめないし、あげくの果てには家庭訪問みたいなことも必要とされているのだとか。昔の大学教授は研究の最先端を講義すればよかった。学生たちは自分で問題を見つけて、勝手に学べばよかった。しかし近年、他人に全く関心がないのではないかと思えるほど、挨拶もしない、学校にも出てこない、何をするでもなく家にいるという学生が増えているというのです。草食系などといって笑っている場合じゃない。じっと動かないで光合成しているようなイメージ。つーか…それじゃ草木系じゃん!わ、笑えない…日本は大丈夫なのか?!もしかしたら日本の子どもは、世界中の誰よりも権利を約束されているのかもしれない、とワシは考えています。その意味では、日本は世界のどの国も経験したことのないところに到達しつつあるのかも。安全と安心を与えよ、不快感を極力排除せよ。競争を避け、なるべくつらい思いもさせないように…日本人の生真面目さを発揮して、みんながそのようにがんばってきましたが、知らないうちに子どもから奪ったものも少なくないのでは?
 さて今年のゴールデンウィーク中には、ジュニア・ラボを対象に特別講座「ただのうし」と銘打ったハードな共同制作を行ないました。これまでも相当たいへんな制作をこなして来たえふでの子どもたちですが、そんな中でも今回のは相当つらかったんじゃないかと思います。のこぎりや電動工具など、普段あまり使わないものも扱いましたし、短い時間の中で、次から次へと行程をこなしていかねばならず…特にジュニアになりたての小3の子どもたちにとってはキビしく感じるところも多かったようです。しかし!今回の講座は内容が濃かった。そしてワシの中ではつらさの中で子どもたちの実力が少しずつ伸びたんじゃないか、各自が何かを掴んだんじゃないか、という手ごたえがあったのです。