よく「子どもは夢に溢れてる」っていうけど、大事なのはほんとはそこじゃない。どう実現するか、そこが大切だとえふでは常々考えます。そのヒントとも思える言葉が、先日、教室で配布した永田琴監督のインタビューの中にありました。
まず何か興味をもったことや好きなことを、とことんやった方がいい。そして、それと、ちょっと矛盾するんですけど、いろんなことやものを、興味をもって、みる。自分で心閉ざすものに対して敢えて、興味をもつということも、大事ですね。なんていうんですか、興味あることは何もいわれなくてもほんとに一生懸命できると思うんですよ。それに関してはとことんやった方がいいと思うんだけど、「んん?」と思ってることに敢えて、興味をもって接することですごい見方変わるし、新しい窓が開くし、それで自分の生きていくなかでいろんな選択肢が増える。それは、大事なことだと。
(永田琴監督インタビューより)
夢を見るのが大事なのか、かなえることが大切なのか、重要なのは結果か、プロセスか。何にせよ夢見ることだけが大事なわけではなくて、実現しようとする努力が貴いものだとえふでは考えます。とかく世の中的には「子どもの可能性」「夢・未来」といったことばが持てはやされがちですが、じゃあ具体的にどうするのかという段になると、ちょっと腰が引けているような気もします。そこには、やはり努力も時間も、経費も労力も、経験者の助言やネットワークも必要になります。なにより本人のブレない心や、努力を厭わない献身といったものが必要になるでしょう。
あえて厳しいことを書きますと、子どもは夢を見る存在であって欲しい。しかし夢がただの心の飾りであってよいものでしょうか。現実的に、具体的な努力を続けること。やるからには結果を出すこと。本気でやってる人は正直、挫折なんかしている暇はないでしょう。一般的な子ども論に含まれる「夢・未来」の話で温度差を感じるのはその辺りなんですよね。
では、具体的に何ができるのでしょう。たとえば幼いうちからスタートすることでしょうか。ゴルフや水泳のようにお金をかけてプロに預けるのか、紙に書いて壁に貼り毎日イメージすれば実現するのか…実現した人からのアドバイスは様々ですが、普遍的なもの・明快な答えがあるわけではありません。
大人の世界でも、やりたいことと現実との間にギャップがあることは少なくありません。限られた時間や予算。迫る締め切り、急な変更…その時々にどう判断して乗り越えるかの連続です。予期せぬトラブルで青ざめることもあれば、偶然を味方につけてすごいものができたりすることもあります。そんなさまざまな仕事のなかでも、たとえば建築のようにスタッフの数や期間が長いものは責任者の肩にかかるものが重大です。映画もそういったもののひとつといえましょう。特に映画監督という役割はまさに制作の責任者。技術・知識・経験、そして大勢のスタッフを束ね目的を達成するため、オールラウンダーとしての能力が求められるのは明らかです。
先日教室でも配布した映画監督・永田琴さんのインタビューでは、監督として活躍する前の成長の経緯について詳しく触れられています。職業人としての出だしは決して早くはないですし、映画や映像の勉強もせずにいわばド素人からのスタート。しかし文字通り、やりたいことに真っすぐに当たって来ているところがすごいのです。
「入った当初の私の欲望としては、ダンスの映像を撮ることだから、そのためにまずノウハウを覚えなきゃ!ってことですよね、映像を撮るための。純粋にそれだけだったんで、お茶汲みするし、運転するし…そうすることで何かわかるならそれでいい、ここで何か教われるならそれでいいやって思ってたんですよ。」
琴さんなりの具体的な努力はまさにそこからだったんですね。お茶汲みも運転も、映像を撮るためのノウハウを学ぶ手段として、とにかく近くで見てみたいという欲求につながっているのだと思うのです。それは強い目的意識があったからできたのでしょうし、ある種の子どものような知的好奇心の発露だったのでしょう。もしかしたら、同僚のなかでも琴監督がいちばんそういう想いが強かったのかもしれません。みんな仕事とプライベートを分ける線を引いてしまいがちですが、想像するに…琴監督は学ぶこと優先で、自分の生活と学びにズレがない時期を過ごしたんじゃないかと思います。もしかすると、他のみんなはお茶汲みとか、ロケバスの運転とかいう、その「関係ない」雑用を「仕方なく」やっていたのかもしれないけれど、琴監督だけが、そこから見える物事に好奇心を持ったのかもしれません。
馬鹿げたことに思えるようなことにでも、好奇心を持って知りたいことを見つけ出せた人だけが、やりたいことを実現できるのかも…だからワシは、進路の相談をしてくる子どもの口から「効率」とか「リスク」とかいうことばを聞くのがものすごくイヤなんです。やりたいことを本気で実現させたいなら、崖っぷちだろうが綱渡りだろうが、とにもかくにもまっしぐらに当たるしかない。もうひとつ…アトリエの掃除も、あいさつの声も、制作をするときの姿勢も、どこかでつながっている。忘れ物をしないことや画材の手入れをきちんとすることだって…ずっと先の目標へとつながっているかもしれない!つーかそこはまだ入り口であって、努力とすら言えない。それこそが、自分のできることからがんばるっていうことなんじゃないだろうか?
いつ成長期が来るかはだれにもわかりません。何かをつかめる予感がした時に、がむしゃらにがんばるしかない。振り返った時にはじめてそれが「成長期だった」といえる。大人ならわかると思いますが、そういうもんです。その意味で、今回の『かめのなみだ』は監督はもちろん、えふでの子どもたちにも期待しとります!