柳本浩市トークショーat AppleStoreSapporo


校長  ご紹介します、柳本浩市さんです。宜しくお願いします。

柳本  宜しくお願いします。

校長  非常にですね、わかりずらい方でございます。聞けば聞くほど「冗談でしょう?」と言いたくなるくらい幅が広くて…校長的にもちょっとご紹介しずらいところがありますので、もし宜しければ簡単に自己紹介的なものをお願いします。

柳本  では簡単に、どういうことをしているかを。まずこの画像、PENという雑誌でグラフィックデザインの特集をしたときに監修をしていました。



雑誌というのは、この時期にこれをやることによって、効果的に本を売っていく、というのが重要な使命でもあるんですけど、ちょうどこれがイラク戦争が始まる直前だったんですよ。それでここに「NO MORE WAR」と書かれていますけど…ちょうど60年代のベトナム戦争の時にグラフィックデザイナー達が立ち上がってやっていた熱みたいなものが…

校長  ちょ、ちょっと待ってください。直前というのがすごく気になるんですけど、それは…

柳本  だいたい雰囲気がそういう方向に行くという予感があった頃ですね。それが起こらなかったとしても時代がそういう方向に傾きかけていた時期です。そこでグラフィックデザインが何十年か前のベトナム戦争でどのような効果を出したかとか、「人が求めている心理」のようなところも、ちょうどタイミングが一致して、こういう特集を組んでもらったんです。これはPENが最初にやったグラフィックの特集なんですけど、これが爆発的に売れて、継続的にグラフィックデザインの特集をするようになりました。

そしてこれは札幌でもやったんですが、ブラニフ・エアラインっていうアメリカの幻の航空会社の展覧会です。



こんなにすごい会社があったということを、アテンダントのユニフォームやアメニティーなどの世界観を出しながら紹介しまして、そのデザイン監修と、コレクションの提供をしています。

あとこれは2005年、ブラウンというメーカーのデザインが変わってから55周年の記念に、ブラウンの本社から「こういう時期なので何かやってくれ」と直接話がきまして…

校長  す、すみません…それはブラウンの本社から、柳本さん個人に来たんですか。

柳本  そうです、個人に。ブラウンがどういう物をつくってきたかというのはその頃けっこう本でも取り上げられていましたし、見た人もかなりいると思っていたので、企業が戦後の高度成長期をどのように成長してデザインを普及させたかというところを紹介しました。製品だけではなく、会社の内部で何が起こっていたのか…それがどのように表に出てきたかというところを紹介したかったんです。だからこの辺には、会社で使っている名刺やレターヘッドなど、会社内部の人しか使わないようなものを全部展示しました。見えないところを見せたっていう展覧会だったんですね。

校長  個人に(依頼が)どうしてくるんでしょう?

柳本  それは…ドイツら辺でちょっと名前が知られてたっていうのがありますね。「ブラウンで、日本でやるなら、こいつだ」みたいなところがあったんだと思います。

校長  この辺から激しく混乱。

柳本  (笑)はい。
あと、お店の中で販売促進のために小さなギャラリーを作って集客するというのを、たまに手伝ったりするんです。

これはアメリカのアレキサンダー・ジェラルドというテキスタイルを中心に手掛けていたデザイナーがいまして、その人の作品と、もう少し踏み込んだ…例えばここにある女の子のは、娘さんの誕生日にジェラルド本人が切り絵で作ったもの。あとイームズから貰った手紙や、ホテルに滞在してる時に描いたラフスケッチや…そういうかなりプライベートなものも展示しながら、中で動いてるものがどういう風に表のデザインに影響を与えているかというところを紹介した展覧会です。

校長  …で、私物ですか?

柳本  ええ、全部私物です。
これも去年ですが、オーレ・エクセルという…二年前に90歳で亡くなってしまったんですが、スウェーデンの中でもけっこうおもしろい人で、日本で言えば相当巨匠クラスのデザイナー。

その人に直接会いに行って話をしている中で、版権をうちが扱わせてもらい、いろいろなものを作って啓蒙していこうと。今、古いものを持って来るのって難しいですし、啓蒙していくにはものを普及していなかなければいけないという考えが自分にはあるので。そしてその前に「その人だれ?」というところを紹介するために、こういった展覧会のようなものを行いました。

これはまた違うデザイナーなんですけど、スウェーデン鉄道という鉄道会社の…まあ日本でいうとJRみたいなところなんですが、そこのキャラクターの版権を取って、グッズ展開をしています。

校長  もちろん一元的には言えないですけど、航空機とか鉄道のグラフィックについていろいろとお詳しいので、マニアの方はそれで柳本さんのこと知っている人も多いですよね。

柳本  そうですね。こういう風にグッズにする事で、スウェーデンのデザインのおもしろさを広く派生させていくことをしています。

今まで色々培ってきて、これが昨年末に発売した本です。デザインと社会は実際繋がってるんじゃないか、だけど別々に考えられちゃってるところがある。この事実を検証しながらデザインと社会がどう結びついてきたかを紹介していく本です。



今まで出版もしてきましたが、どちらかというと物そのものを紹介していくことが多かった。ものの成り立ちとか、もう少しテキストで読めるように紹介した、初めての書籍になります。

校長  デザインと社会って、いまひとつ繋がって聞こえない感じもしますけど、そのあたり詳しく教えてください。

柳本  デザインってもともと社会的なニーズから生まれてるんだと思うんですよね。それを実はみんな気づいてないというか…デザインというと「形がかっこいいもの」とか思われがちなんですけど、実はここにあるもの全てがデザインされてるものだと思うんですよ。…もしかしたら「ここからまっすぐ進むと駅があります」という矢印も、デザインかもしれない。そう見ていくと、社会の中でデザインと繋がってるはずなんですけど、今は表層的なところに捕われてしまっているところがある。良いデザインがよく売れるっていうのは、形だけではなく、それをどんなふうに見せるか、告知するか…それらのいろんなデザインがうまくいけば、よく売れるんだと思います。

校長  よく校長がクラクラするのは、素晴らしくデザインされた新しい駅で、お釣りを忘れないようにって張り紙がしてあるとか。切符を取った時に、お釣りも忘れないようにできればいいのにと思います。

柳本  そうですよね。本当はお金を入れてボタンを押したら目が見えなくてもお釣りが出てくるのが分かれば、簡単に何の説明もなしにできるはずなんですけどね。今の時代、結局形を重視しすぎて、美的感覚の問題であったりとかデザインのエゴからそのように発展していってしまうんですけど…本来は社会的にあるべき、というところに基づいていくと、目をつむっていても分かるというのが原則なんじゃないかと思います。そういう物が残っていく。見直していくべきところですね。

校長  なるほど。  

柳本  で、ここ最近KDDIという通信会社からiidaという新しいブランドを立ち上げたんですが、そこでプロデューサーみたいなことをしていまして、携帯電話の戦略などを、若手デザイナーを起用したりして動かしています。

校長  目に見えないほどの大きな流れも、誰かが作ってるんですよね。誰かが仕掛けてるし誰かが考えてる。

柳本  充電器で葉っぱみたいなのも、これは2万個作って3日ぐらいで完売してしまったんですが、そもそも充電器って黒いのしかないんですね。なんで色が無いんだろうとか、緑の携帯電話があるのに緑の充電器がないんだろうって疑問から始まっているんですが結局、充電器の会社がものすごく保守的で新しい冒険をしないってところがあった。そこから改革していこうという事をやっています。

校長  なんか変だなって自分の心の中で思っていても世の中が勝手に出してくれるわけじゃないですよね。どういう会議だったんですか?

柳本  緑の充電器は無いにしろ白い充電器が無いのはおかしいと。多分潜在的なニーズにあるんじゃないかと仮説をたててリサーチをしてみると、やっぱり欲しいって言うところが見えてくるんです。じゃあなぜそれが作れないのかとなると、企業の構造上の問題だったりするんですね。そこを打ち砕けるんであれば、やったほうがいいんです。そういう保守的な会社のおしりを叩いて無理矢理作らせたんです。そしたら爆発的に売れて、今ではその会社も積極的に動いてくれるようになりました。

校長  どんな方向で自分たちのブランドを作っていくかを、真ん中で一緒に考えていく事をしているんですね。


校長  まほうの絵ふでは柳本さんと一緒に何かしたいと思ってるんですが、問題は…柳本さんがどんな子供だったかということですね。

柳本  はい。ここからディープな世界へ(笑)
これは1973年に発表された「ワンダーランド」という雑誌なんですけど、これを3歳の時に買っていました。


校長  3歳の頃は読んでるんですか?

柳本  はい、一応読んでました。この編集長である植草甚一という人に、3歳の頃に傾倒していたんです。この人は簡単にどういう人かというと、サブカルチャーの神様のような人で、タモリがジャズに傾倒するきっかけを作った人でもあります。植草甚一が亡くなった後に、彼のコレクションをタモリが全部引き取っています。あと淀川長治の先輩で、淀川さんに映画を教えたのがこの人であったりとか…だいたい有名な人はこの人からいろんな知識を得たような感じで、60を過ぎて神様みたいになっていった人です。

校長  会場の皆さんの頭の上から何やらポアポアとしたようなものが立ち上がってきてますけども…(笑)だんだんついて行けなくなってきた校長ではありますが…

柳本  この表紙にも、筒井康隆とか片岡義男とかちばてつやとか書いてありますが、この人たちはみんな植草甚一のファンで、彼が雑誌を作るからって参加した人たちなんですね。で、植草甚一はジャズが好きだったこともあり、3・4歳のころからジャズにはまってレコードを買いあさるんです。

校長  それは柳本さんが買いあさるんですね?!

柳本  そうです。ブルーノートのレコードを中心に買っていきました。

校長  あのー…体型的にはあれですか、レコードの大きさに対して、柳本さんがこうゆう(大きな円盤を持つしぐさ)…

柳本  (笑)そう、そんな感じです。それを何枚か買っていくうちに「何か音が違う」と気がつくんですよ。これは何だろうということで、今度は周辺のいろいろなことを調べ出すんですね。そうすると一回目にプレスされたレコードと同じタイトルなのに、二回目以降にプレスされたものはレコーディングのスタジオが違うとか、そういうことを知っていくんです。そうすると「一回目のはけっこう貴重じゃん」って気づくんですね。

校長  ち、ちょっと待って…その「貴重じゃん!」ってのは、だいたい3歳後半から4歳にかけてですね?

(会場から笑いが)

柳本  そうです(笑)
その頃、レコードの価値はほとんどなかったんですよ。で、これって貴重だったら価値があるんじゃないか?と思い、自分で買ったレコードを売っていくんです。小学校一年生の頃から、友達のお父さんでジャズに興味がある人とかに、例えば100円で買ったレコードを「これはこれこれこういうストーリーがあって、こういう物だから、3000円するんですよ」って売ったりするんですね。他のレコードは100円でしか売れないんだけど、これは3000円ですよって。そういう、何か付加価値をつけると価値が上がるということをその頃知って。レコードを聴くだけではなくて、何かストーリーを知っていくというか…例えばどういう関係性があるかとか、レコーディングはどんな仕方だったかとか、どういう人が絡んでいるかとか…そういうことを知っていくことに、幼稚園の頃からものすごく興味が広がっていったんです。

校長  皆さんの顔がだんだん独特な表情になってきましたけども…
はい、まだつづきます。

柳本  次の転換期が、小学校1年生の時に『Made in U.S.A. catalog』というのが出るんですけど、当時アメリカのものってほとんど手に入らなかったんですよね。これを見るとアメリカそのものの匂いが感じられるみたいなところが、小学生にとっては衝撃的だったんですよ。



で、雑誌の最後の方を見ると、通信販売の仕方って言うのが出てたんです。これって日本で売ってないけど通信販売で買えるんだと知って、英語なんてわかんないのに辞書を引き引きしながら、マネーオーダーっていう小切手とかも作って、カタログ請求して、お金をつけて、また送って…今だったらネットで1週間ぐらいで届いちゃうのを、3ヶ月も4ヶ月もかけてひとつの物を手に入れるってことを、小学校1年生の時から始めて、自転車から服から靴から何から…もう全身、身につけてるもの全てアメリカから取り寄せてたという。

校長  ちょっとお聞きしたいんですけど、その船便で取り寄せたのは、先ほどのレコードのあがり(売り上げ)が…?(笑)

(会場爆笑)

柳本  そうですね、そこら辺を軍資金にして。(笑)

校長  おこづかいではなくて?

柳本  そうですね、軍資金でしている。当時まだ1ドル300円くらいの時代ですから、今とほとんど値段が変わってないんですよ。物価は違うはずなのに。ここにブーツがありますけど、これが当時4万円ぐらいだったんですね、つまり今の貨幣価値にすると12〜13万円なんですよ。だから当時小学校1年生で、12〜13万円の靴を買ってたという感じなんです。

校長  子供用もあるんですか?

柳本  子供用もあります。サイズはいっぱいありました。

校長  (観客の中の子供を指差して)できるぞっ!!(笑)

柳本  その影響でアメリカに傾倒していくんですが、いろいろとアメリカ文化がある中でおもちゃとか広告とかにすごく衝撃を受けて、いろんな雑誌などに出てくるアメリカグッズなどを全部切り抜いて、スクラップブックにしていました。英語でぜんぶキャプションをつけていくという。これも小学校の頃からやっていたものですね。

ぜんぶ手書きで、これがだいたい小学校1年生とか2年くらいの頃のものです。英語を辞書で引き引きしながら、どういうものかを調べて。

校長  ぬぁぁすごいな!動かぬ証拠でございます。

柳本  洋服とかのファイルもあるんですけど、こういう小学生の時に作ったスクラップブックで、だいたい7000冊ぐらいあります。

校長  ななせん!

柳本  小学校2年生のときにアメリカで作られた昔の食器にも興味があって探すんですけど、コレクター用の本がないんですよ。当時の昔の雑誌を集めて広告などを見て、こういう形があったっていうのをイラストに描いてサイズを表記して、いくらで買ったかチェックリストを作っていました。

このチェックしてあるのとか星が付いてるのは手に入れた物です。

校長  結構付いてます(笑)さっきレコードの話をしてましたけど、これも価値のある物は高く売れたりするんですか。

柳本  そうですね。例えばジェダイっていわれているガラスがあるんですけど、結構人気になって、カップ&ソーサーで300セットでだいたい2〜3千円ぐらいで買ってるんですよ。それがだいたい10年前くらい前、1個が1万8千円とかで売れるんです。だから差額は利益になっていきます。

校長  ぬぅ…返す言葉が見当たらなくなってきました、はい。


柳本  子どもの頃から集めてるジーンズについてるラベルも資料として集めてます。当時のカタログとかも手に入れて、こういう製品が他にもあったんだっていうのを知っていきました。



自分で買ったものはひとつひとつ、これはどういうもので、どういう特徴があるかっていうのもリストにしています。

校長  やけに細かいですね。

柳本  (笑)小学校3〜4年生の頃なんですが、自分のために買うならこんなものいらないんですけど、自分で研究した物の成果を誰かに見せたいっていう気持ちがあったと思うんですよね。歴史も色々書いてます。


校長  年表になっているものもありますね。

柳本  どこの工場が火事で焼けたとかそういうとこまで書いてるんですけど、それは、いろんな新聞を取り寄せて、自分で調べてつくっています。

校長  火事になるってことは製品が少なくなるので、ヴィンテージなんですか?

柳本  ヴィンテージワインてのがありますよね。ブドウの収穫量とか天候で価値が変わってくるというのがあったので、ジーンズもそういうのがつくれるんじゃないかと思い、小5の時に夏休みの自由研究にしました。過去100年ぐらいの綿の先物取引きの情報やリーバイスの株価など色んなデータを集めて、自分で分析した価値表を作ってみました。

校長  (笑)

柳本  例えば、さっきの工場が焼失して11個の工場が10個になっちゃうんですけど、生産量は年間でノルマ決まってるから、10個の工場で作らざるをえなくなると結構忙しくなるんですね。そうすると、クオリティが下がってくる。それでこの年は、値段が安いということになるんです。

校長  自由研究なんですよね?経済評論家みたいだな…小学校の先生のリアクションはどうだったんですか?

柳本  まったく分からなかったと思います。そういう意味では、やってきたことが評価されたことってないんです。

校長  褒められないんですか?

柳本  褒められたことはないです。逆にうざがられてました。「分からないことをするるな」って感じで、なんか子どもらしくないことをやってるって思われてました。

校長  だって役所の資料みたいですもんね、数字ばっか並んで…ぬぅーん、絶句。

柳本  これは第2次世界大戦中の空軍が着ていたフライトジャケットの年代の区別の仕方とか、記号の読み方とかをまとめたものですね。


これはナイキのスニーカーが、どういうバリエーションがあるのかを日々、描き足していったものです。


校長  あ、せっかくなので、お父さん世代のみなさんに、例の有名な話を…

柳本  あの話ですか。10数年前位にとあるスニーカーが爆発的に流行って、あまりの人気に社会現象にまでなったんですが、あれは私が仕掛けたものです。

(会場ざわめく)

柳本  いわゆる先物買いのようにたくさん買うことで一時的に品薄になる。メディアを使ってさらに需要を煽ってブームを戦略的に発生させる。そんな実験をしたかったんです。

校長  すさまじい人ですね(笑)商品はたくさん買ったんですか?

柳本  買いましたよ、日本に入って来る前の段階でかなり買っちゃったんです。

校長  それは愉快だったでしょう!(笑)ほれほれ〜みたいな感じで

柳本  (笑)まあ、そこで儲けようとかそういうことはないんです。メディアとその購買意欲がどういう風に直結して、どこまで価値が上がっていくかの実験をしたかったんですよ。

校長  だんだん会場の空気が変な感じになってますけど(笑)
どう反応していいんだか的な(笑)

柳本  他にも色々コレクションしてるんですけど、鉛筆とか、砂糖の袋とか、ホテルとかで貰えるラベルやカードキー、何でも貰ってきてしまいますね。



蚤の市とかで買うときもあります。世界中の宝くじとかロトくじとか。古本屋とかでまとめて手に入れたりもしています。

これはガムの包み紙とか…1つ1つは意味が無いんですけどね。でも、いっぱい集まってくると、この国にはこういう傾向があるとか気づいてくるんです。

校長  いっぱいっていうのはどれくらいなんですか。

柳本  このガムだと20万種類位ありますね。

校長  (笑)返す言葉がないですね。集めているものに脈絡が感じられない感じがしますけれども何かあるんでしょうか。

柳本  何か気になったものですね。あと、集めがいがあるもの。
これだけ集めてなんだって感じですけど、集めること自体に興味は無いんです。それをどう効果的にアウトプットして市場を作っていくか。これはマーケティングのための一要素でしかないんです。どういうところに心理が働いているのか…人間の心理を探っていくための一つの材料にしかなってないんです。

校長  価値の問題ということですか。

柳本  簡単に言うと、集めていくとだんだん場所とか時間軸、例えば10年前、50年前、100年前など何か傾向が見えてくるんです。これって何か意味があるんじゃないか?と疑問も出てくるんです。それで、その国のその時期に何が起こったかを調べていくと、そこで出てきたものと現象が一致してくる。例えば戦争が起こるとどういうものが流行るかとか、次の戦争になったときにまた同じものが流行ったり…社会現象とものがリンクしてるんじゃないかと思い、さらに歴史をずっと積み重ねて何千年もの歴史みたいなところにいくと、社会のバイオリズムが見えてくるんです。景気が悪くなると、みんなこういうものが欲しくなるとか、そういうことが無意識に働いてくるんですね。そのための資料なんです。

校長  iidaのことも根っ子は変わらないってことですか。

柳本  時代に応じてどんなものが受け入れられるかというのは変わってくると思うんです。さっきのブラウンも、50年代頃にはグッドデザインの象徴みたいな会社だったんです。その時期にあった、IBMとかオリベッティなどもグッドデザインの会社だったんですけど、今その会社がどうなっているかというと、ほとんど買収されてなくなってるか消えかかっています。だから今、グッドデザインって必要とされてないのかもしれないですね。今元気のある会社ってAppleとか任天堂だったりするんです。そこで感じるのは物ではなくて、例えばwiiや iphoneで何をさせるかってことを考えてる企業が、今の時代求められてるんだと思います。その意味で物の時代は終わってるのかもしれない。グッドデザインばかり作っていても食傷気味なんです。じゃあどうしたらいいのか。例えば携帯電話だったらそれを使って何が可能かを膨らませていくことが重要になっていく。そういう戦略を考えていくことも、こういった現象を見ながら探っていきます。


校長  日常生活について伺ってもいいですか。つーかいつ寝てるんですか。

柳本  25年〜30年近く、睡眠時間は約2時間ですね。それもちょっと体力を回復させるために寝るという…義務的にやる感じなんです。海外旅行のときは1週間一睡もしないで、30分寝てまた10日間起きてるってときもあります。

校長  何か会場に独特の空気が流れていますけども…う、羨ましいです。

柳本  うちでは週休5日って言ってるんです。5日遊んで2日働く。2時間しか寝ないのでだいたい1日22時間だとして、それでも1週間で44時間働きます。普通の一般の会社は8時間労働で5日働いたら40時間。それよりも多く働いています(笑)今日の話だと「特殊な人ね」って思われるかもしれないんですが、自分の中では才能は無いと思っているんです。あるとしたら、コツコツ集めることが飽きずにできたってことが多分才能なんじゃないかと思っています。

校長  恐れ入りました(笑)
柳本さんて何でもできるんですよ。運動が苦手かっていうと「体の使い方に興味があったので陸上をやってみた。結果は全国大会出場」みたいな。延々信じられない話が出てきますよね。政治とか宗教とかって夢ではないでしょう?なぜアートやデザインなんですか。

柳本  それは多分自分の中でもまだはっきりしてないんですけど…芸術って理解しにくいものだというところが一番大きいと思います。いちばんの興味って「人が何を考えてるのか」とか「なぜ自分が集めるのか」そこの気持ちが知りたいんです。

校長  それはこっちが知りたいです。(笑)

柳本  気持ちを知りたいから、そうやって人のしてることを気にしたり、自分の中に入り込んでいったりしてるんですけど、その中で芸術的なことが一番分かりにくんですよ。感性って、一番理解しにくいものなんですよね。「何々だ」って言い切れるもは簡単にわかってしまうことが多いけど、感覚の中で生まれるものって、なかなかわからない。

校長  柳本さんをえふでに招いてワークショップをしたいと考えたのは、幼稚園の頃など、技術が高いわけじゃないし、生活経験があるわけでもない。まっすぐなのでやってることは大人や研究者レベルなんですけど、入り口としては子どもレベルだという点です。ひょっとすると柳本さんみたいになれるかもしれない。要するに、こういう方向の教育もひとつ有りかもしれないな…そういう思いからスタートしたんですよ。教育について柳本さんにお聞きすると、例えば若手デザイナーの話など、いちいち頷かせられるんですよね。

柳本  若手デザイナーについての話をすると、例えばペットボトルをデザインしようと思うと、みんな表面のことを考えようとするんです。だけど、飲み口の部分のことは誰も考えないんですよ。例えばこれって、両手を使わないと開けられないですけど、なぜ片手で開けられるようなデザインを考えないのか。飲み口が口につくところだから一番重要なのに、なぜ誰も考えないのだろうと疑問に思うんです。外側にこだわりすぎて、重要なところを見逃しているんじゃないかと思っています。

校長  うーむ

柳本  自分が日常に溢れているものに興味があるのは、その中に何か気づくべきものがあるんじゃないかという思いがあるからだと思います。例えば道のガードレールに興味のあるデザイナーがどれだけいるんだろう。日常の中にいくらでもあるもの…例えば牛乳パックを見て、このデザインってかっこいいなとか、なぜこっちのほうがかっこいいのかなとか、なぜ思わないのかなって思います。そういうところで、形にこだわりすぎてるんじゃないかと感じるんです。

校長  柳本さんは、本質は何なのかをずっとまっすぐに考えていらっしゃるんですね。この後、えふでとどういうことを一緒にやっていくのかについて少しお話しましょう。柳本さん、最近一番興味のある事はなんですか?

柳本  今、一番興味があることは「オバちゃん観察」オバちゃんて普通に考えるとクリエイティブじゃなさそうなんですけど、例えばものを選ぶときに、なんかこう、指で押してみたりとか、急須があるとふたをあけてみたりとか、他のおばさんと話してても手だけ動いてたりするんですよね。

校長  (笑)

柳本  今の人たちってけっこう見た目だけで選んでることが多いんじゃないか。例えば賞味期限とか、あとはスペックだったりとか、これはこういうブランドだとか、そういうとこだけで選んでるんじゃないか。でもおばちゃんはたぶん身体感覚を使って、体で無意識の中に認識させようとしてると思うんですよ。

校長  ぎゅっと押して「あら、へこむわ!」みたいな。

柳本  そうそう、弾力によって鮮度があるなとか、においを嗅ぐとか、体の五感を使ってたぶん自分の中では言葉にできない、意識に出ないことを奥の中で考えてるんですよ。

校長  いわゆる暗黙知ですね。

柳本  そうです。その中でたぶん、あ、これは買いだなって思ったものを買っていくんですよ。それが本能的な購買意欲ってことだと思うんですよね。人間の潜在意識って、97%と言われてるんですよ。でもその97%がわかってない。もしその中で起こってる現象の1%でも知ったら、ものすごいことが起こると思うんですよね。

校長  校長としては柳本さんのスーパー幼児ぶり、スーパー小学生ぶりから、自分や自分の子供に何ができるだろうとか、どう努力できるかをみんなで考えたかったんですよ。えふでで10月、11月、12月にワークショップをして、最終的には年明けに展示をしようと思っているんですが…そのことも含めてお話をしていたら、想像以上に混沌としてきてしましました。

柳本  今の話にもあった「オバちゃん観察」から、それが購買意欲にどう結びついているのかっていうことをワークショップでやっていこうと思っています。まず、闇雲にリサーチするところから始め、そのリサーチ結果をみて傾向を分析していきます。色々なデータを集めてこんな傾向があるとわかったら、それを仮説としてもう一度実験してみる。あー、やっぱりこうやって買っていくんだ!ってことを実証していきたいと思っています。ものを選ぶこともクリエイティブだと思うんですが…一連の観察の中で、クリエイティブが生まれる瞬間を知ることができるんじゃないか。デザインされたものだけがクリエイティブじゃなくて、日常の中にクリエイティブが潜んでいて、それをいろいろ検証しながら探り、クリエイティブが表に出てくる瞬間を知るっていうところに最終的に着地できたらと思ってまいます。

校長  相当な観察力がないと難しいでしょうね。よく思うのは外科医とかお医者さんは大変ですけど、小児科はさらにたいへんですよね、言葉しゃべってくれませんし。獣医さんとかはもっと大変でしょう。やっぱり漫然と見ていてもしょうがないですからね、こっちから見ていて、向こうのものを引き出してくることが必要だと思うので…
あと子どもに対しては、大人に対する以上に翻訳が必要だったり、なるべくシンプルにしたり、本質にまっすぐすることが必要です。えふでとしてはそんなことを押し進めてみて、柳本さんとも協力し合って、おもしろいことができたらと思っています。

対談:2009/9/6